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「…暒太郎くんはお元気ですか。」


西川はセイのことをちゃんと覚えていた。
私は笑顔になり、
最近暒太郎と二人で遊び歩いていることを話した。


「おかげで
しまいっぱなしだった車も
元気に走ってますよ。」


「さようですか。
楽しそうですな。
センセイがそんな楽しそうなお顔なさるの、初めて見ましたよ。」


西川はニヤニヤ笑って冷やかした。
私は西川のその笑顔で、
オッサンのコビトの件を思い出した。


「セイは面白いんですよ。
うちのテレビの裏に
おっさんのコビトがいるとかいうんです。
いるなら私も見たいものだ。」


「ははあ、なるほど、
インターネットで私も読んだことがありますよ。
一時期若い人の間で
流行ったらしいですな。
タレントさんでもテレビで言ってた人がいましたよ。」


「!…そうなんだ?」


「誰でしたかなぁ、
テレビのコードで綱引きをしてるのを見た
とか躍起になって主張してるのを
食堂のテレビで見た覚えがあります。
昼休みだから、
多分笑っていいともですな。」


「そういう番組はあまり見ないので
全然知りませんでした。
セイにからかわれてたんですかね。」


私が笑うと、西川は微妙な顔をした。


「うーん、どうなんでしょうなあ。
まあ、暒太郎くんは、
いろいろ問題を抱えている子ですから、
なんともいえませんが…

まあでも、私なんかは、
そういうのが本当にいると面白いと思うほうですよ。」


「あっ、私もそうです。」


西川は苦笑した。


「…センセイ、なにやら、
すっかり明るくなられましたな。」


「そうですか?」


「あの本お書きになった人物とは思えないですよ。」


「…まあ、あれは、
半分は編集さんの情熱だから。
私はいわば
それを翻訳して、盛り込んで、
適当に整形したわけで。」


「…そんなもんですかね。」


「…都筑さんは、大業を為すタイプのひとですよ。」


「…うるっさいうえに図々しいおっさんやとは思います。
ベストセラー仕掛けるのが上手いのは知ってますけど
書く人間のことをあまり考えていない。
どちらかというと利用して使い捨てにする。
やなおっさんです。

センセイが途中で北海道に逃げたときは
なかなか見物でしたな。
結局2〜3回、おいかけさせはったでしょう?

そういう意味で、センセイは上手い。
都筑につぶされた書き手は数知れません。」


西川はそう言ってニヤリと笑った。
私は曖昧に微笑み返した。


私は西川が好きなように、
都筑のことも好きだった。
私にとってはただ、それだけのことだった。

都筑は西川や私よりも世代がだいぶ上だった。
熱心な男で
野心家で、夢があった。
やり手の編集者で、
他にもいくつかベストセラーに携わっていた。
私のような若僧は
相手をしていただいただけでも光栄、
みたいな人物なのだ。

…だがその後一度も会ってくれないところを見ると
西川のいう通り
私は多分
都筑をいいだけ翻弄したのだろう。

都筑はどうやら、私に
すっかり懲りた、
らしいのだった。


更新日:2009-09-28 13:40:56

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