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8 近づく。

一緒にでかけるようになって、
私とセイは急に親密になった。

出かけてあちらこちら観光…どころか
食べたり散歩したりしていただけなのだが
そんなのんびりした時間の合間合間に
いろいろな話ができた。

時々セイの口から出てくる家族の話をきくうち、
私はだんだん
セイに同情的になった。

勿論、人間は自分に都合の良いことしか言わない。
都合の悪いことは黙って隠しているはずだ。

そして口から出てくる言葉は
所詮想像を絡めた「解釈」なのであり
「事実」ですらなく
「真実」などというものからは
ほど遠いのだ、ということが
わかっていないわけでもない。

平たく言えば、
誤解もあるだろうし、
曲解もあるだろうし、
勿論ウソもあるだろうという意味だ。


ただ、
その言葉で語られるものは
セイにとっては心の一部なのだ。
たとえ嘘であったとしても
その嘘は
彼の精神世界の断片なのだ。
多分、彼の傷痕や血の染みや
影、なのだ。

それは作家が物語を書くとき
何をどう計算したのであれ
どこをどうまちがえたのであれ
その間違いから罠の仕掛け方まですべてが
作家の精神活動の断片であるのに似ている。

つまり
彼は
「そういう世界」に
住んでいるのだった。

彼の第二の現実と言ってもいい。

そう考えると、彼が不憫だった。

あんなに美しい場所をたくさん知っていて
平気で一人、
キャラメルとお茶で出かけていく勇気あるセイなのに

その実、
親が子供を捨てたり
夫が妻を殴ったり、そんな
あまり上手くいっていない家庭に生きているのだった。
そこを出た今でも、だ。


セイは初めのころ、わたしが気遣うと、
不可解な顔をした。
それからしばらくは、警戒した。
ある程度時間が過ぎた頃、
彼は、急に何かを理解した様子で

くすぐったそうに
照れるようになった。



更新日:2009-07-24 11:53:55

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