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7 クスクス笑う

その日、朝早く出ていたので、
なんだかんだで時間があり
時間の許す限り走っていたら
岩内を通り越して
雷電まで行ってしまった。

雷電などという地名は
わたしは西瓜以外にまったく知らなかったのだが、
(札幌では「らいでんすいか」というのが昔けっこう有名だったのだ。)
何かの看板で
そのスーパーロボットみたいな地名を目にするなり
セイが沸き立った。


「セイさん、温泉に入ろう!
少しスピード落として!
探すから!」


「え、でも、
タオルも何も持って来てないよ。」


と言いつつも、私は少しスピードを落とした。


「タオルくらいはそーさんの分もあるよ。
あ、そこ左に入って!」


ウインカーをあげて曲がったはいいが、
私は驚いた。

…北海道の日本海側にありがちな
急斜面だった。
躊躇した。

だが仕方がない。

ギアを落としてアクセルをゆっくり踏んだ。

崖の斜面に数件の温泉宿の看板が見えた。
ここか、と思ったら、セイが言った。


「そーさん、違う!
もっと奥だよ。そっちの道へ行って!」


えーっ、と思った。
だが致し方ない。
さらに奥へと登った。

セイは助手席で後ろを振り返って言った。


「…あそこもいいらしいけどね。
でも、まだ奥があるんだよ。」


道は細くなり、原生林に囲まれた林道になった。
クマが出そうで
不安を感じるような道だったが
そろりそろりとすすむと
ところどころに温泉の看板があった。


「セイ?どこまで入るの?」


「たしか3キロくらい。
歩きで一時間くらいとか書いてあったと思う。」


落石注意の妙に可愛い道路標識を横目で見ながら
私は心配になった。


「そんなに?
なんかクマがでそうだよ。
大丈夫かな。」


「さあ。冬は雪で内風呂の壁が
ぶっ壊れるような山奥らしいよ。
携帯圏外どころか普通の固定電話もないらしいよ。

…オレも行ったことないから
あとは
詳しくきいても無駄。」


「行ったことないのに
どうして知ってるの?」


「インターネットで見た。」


…便利な世の中だ。


こうなったらその秘湯に挑む以外あるまい。

林道をやけくそで走りながら
私は開き直った。

クマが出たら思い切り轢くしかないだろう。
クマを殺す勢いで走ったら
車も廃車らしいが、背に腹はかえられない。

そう腹をくくって、私は車をすすめた。


更新日:2009-09-28 13:15:32

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