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カーナビでみたら近かったので、
島武威海岸というところへ行ってみた。
日本の渚100選にも選ばれたという
風情のある海岸なのだそうだ。
雑誌でも見たことがあった。


あまりにセイが本気だったので、
私はつい、勢いに押されて
もうおじさんのコビトを探すのはやめると
セイに約束してしまった。

残念な心地がした。

コビトをさがしていたここ数日は
随分楽しかった。
だからなにやら、
楽しみを取り上げられてしまったように感じた。

けれどもセイは
私がやめる約束をすると、
とても安心した様子で、
にこにこと機嫌よくなった。

もしかしたらそれは
嘘を嘘と言わずさらなる嘘で丸く収めて
すっかり完結したという
狡猾な満足感だったのかもしれないが…

事実はどうなのか
私にはわからなかったし、
どうでもよかった。

私はたとえ嘘でも
楽しみたかっただけなのだ。


件の海岸は
岩をくりぬいた、人の背丈ほどの
小さな長いトンネルを
くぐり抜けた向こう側にある。

途中で少しカーブしているのか、
トンネルは真っ暗だった。


何も言わなくても
セイは手をつないでくれた。


やがて光が見え始め
トンネルを抜けると
足下に断崖の絶景が広がり
崖の下に小さな岩浜が見えた。

すがすがしいほどに美しい、ブルーの海だ。


「…そーさん、オレ、おりてみていい?」


崖には道がついていた。
随分高い。
私は躊躇した。

だが、セイなら大丈夫だろう。


「…じゃあ、私は足に自信がないから、
ここで待っているよ。」


「うん。…じゃ、いってくるよ。
待っててね。
おいて帰らないでね。」


私は笑った。


「大丈夫だよ。
まだお弁当も食べてないのに。
一人じゃ食べきれないよ。」


「…子供の頃、親に
おいてかれたことがあるんだ。」


セイは真面目に言った。
私は言った。


「私もあるよ。
姉はすぐ私を変なところに捨てていくんだ。
小さいとき、姉にいじめられてたんだ。」


「そのときどうしたの。」


「自力で帰ったよ。
はっきりいわせてもらうけど、
姉よりずーっと地理感覚すぐれているから、私は。」


「…オレは警察に拾われた。
帰れたのは次の日だったよ。」


おいてかれた、というか、
多分迷子になったのだろうな、と
私は考えた。


「おかあさん心配してたろう。」


「さあ。

警察が帰るなり、いきなり殴られた。
ふて腐れたみたいに泣きやがって、『謝れ!』って
大声で連呼された。

…かーさん、オレを置いて帰って
前の日親父になぐられたらしい。
親父になぐられたの、オレのせいだって言ってた。」


私は動揺を隠して、静かに言った。


「…そう…」


「…おいてかないでね。」


「おいてかないよ。」


「ぜったいだよ。」


「うん。」


私はセイに微笑んだ。


「…セイが戻って来たら、
少し車で走って、どこかいいところを見つけよう。
そこで一緒にお弁当を食べようね。
待ってるよ。」


セイはうなづいて、崖を降りていった。


更新日:2009-09-28 13:11:12

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