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1 掃除好きと呼ばれて

「いってきまぁす!」
♪カントリロ〜、と、機嫌よく歌いつつ、
暒太郎は出て行った。

私は、暑さにダレていた。

ベランダから見下ろすと、
嬉しそうに出かけて行くセイの
リュックをしょった背中と、
少し洒落たストローハットとが見えた。


暒太郎は、
私の姉の旦那の兄の息子である。
私とは一滴も血がつながっていないが
無理して言えば甥だ。


昨年、高校をリタイヤしたらしい。
(あえてリタイヤと言いたい。)
不登校がそのまま悪化したんだそうだ。
ずっと引きこもっていたが、
今年の春から、
姉の旦那の兄(セイの父だ)が
意を決して、親戚宅に居候させることにした。

…カウンセラーに、
親元から離してみることを提案されたのだそうだ。

…親がもてあました子供は
つまり
愛され方をしらない子供ということになる。

それを親戚が愛を持って世話することは
困難なのが普通だ。

セイは、たらい回しになった。

祖父母宅にはじまり、
あっちの親戚こっちの親戚
勿論、姉のところにもやってきた。

姉の新婚家庭に1ヶ月ほどいたらしいが
姉の旦那(セイの血のつながったおじだ)が
ずいぶん露骨に邪魔にしていたそうだ。

それもそうだ。
なんだって一生に(多くのカップルは)一度しかない蜜月に
兄貴のひきこもり息子をあずからにゃならんのだ、
と言われたら、まあね、である。


…だが、暒太郎には罪がないのも事実だった。


姉は建設的で、
暒太郎を邪険にしたり、無視したりはしなかった。
まるで名案ひらめいたといわんばかりに
私に電話して言った。


「あんたも引きこもりみたいなもんでしょ。
きっとウマがあうわよ。」


…こんな性格だから
アラフォーにしてやっと捕まえた男との
新婚家庭に水をさされるのだ。
絶対に天罰である。

私と姉は歳が離れている。

私は一応物書きで、
たまたま良い企画とスタッフに恵まれ、
2年前には3冊ぐらいベストセラーをだした。
まだぼちぼち売れている。

今はとりあえず、
その金で食ってる。

「今しかないかもしれない」と一大決意し、
この中古のマンションの部屋も
1年前に一括払いでまけさせて買った。

世間からドロップアウトする恐怖に駆られて
まれにアルバイトしたりすることもあるが
基本、何もしていない。
恋人もいないので、一人で淡々と生きていた。

…ひきこもりではない、
と声を大にして言いたいのだが、
いささか自信がないのであった。


セイが来たのは5月だ。

そして世間の学校が夏休みを迎えた今も
セイは大人しく、私のマンションにすんでいた。


…ひきこもりとか嘘だろう、といいたくなるほど、
セイは元気で陽気だった。
頭も悪くない。
本が好きだった。

毎週、嬉々としてJRで田舎へ出かけては
へんなおみやげを買って帰ってきた。


…どうやら、セイは私の部屋が気に入っているらしかった。


つまり、にくたらしいことに、
姉の読みは、
あたり、
だったのだろう。

更新日:2009-07-21 11:39:29

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