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 ──走りながら、「間に合えよ」と叫んで、眼帯を右眼からずらし閉じていた片目を開いた。〈兎〉族の特徴なのだろう、ギルにせよネルガルにせよ右眼にはある種の魔力があるようだ。ギルが片目を見開いた途端、赤い〈糸〉から、ぼっ、と青い炎が噴きあがって、飛翔していく巨神ダイダラムを追っていった。フンババは、
「くっ、くるな!」
 とわめき散らした。青い炎は〈兎〉ギルが、火口を囲んで作った結界である。青い炎は榛名富士が吹き上げるオレンジ色の噴煙を包み込み、さらにダイダラムの脚にたどり着いた。ダイダラムの脚が、ぱらぱら、とクッキーが砕けるように崩れていく。
 白兎の群れが環状に列をなした〈月の王〉ネルガルもまた青い炎に包まれていた。しかし、そいつは砕けはしなかった。白兎たちは環状列のまま一斉に手をつなぐと、ふわっ、と宙に舞い上がり結界の青い炎をさえぎった。これも一種の結界で、いわば盾のようなものだろう。巨神ダイダラムは両脚を失ってはいるが飛翔は続いている。こめかみをハンマーで敲いたような衝撃を伴った〈月の王〉ネルガルの高笑いがきこえた。
「ギルガメッシュ、おまえの負けだ。おまえの第五軍団は、わが麾下(きか)軍団が壊滅させるのは時間の問題。月に閉じられた〈ウトナピシュティムの扉〉を開くのも及公(だいこう)だ」
 及公 というのは、朕(ちん)とか余とか高貴な人がつかう自称だ。〈兎〉のギルがつかう自称である寡人(かじん)は謙遜したいいまわしだ。それに引き替えネルガルのいう及公というのは、「おおやけに(影響)を及ぼす(人)」という意味があり、「俺様」みたいないい草になる。嫌な奴だ。それにしても〈ウトナピシュティムの扉〉とは何なのだろう?
 僕はまだ杉の大木になってしまったおじいさんにすがって泣いていた。僕に代わって疑問を口にしたのは、おじいさんの友人の〈ちょんまげ〉さんだった。問いに答えたのは、ちょっとだけお喋りな〈猫〉のエンだった。
「〈ウトナピシュティムの扉〉とは、銀河帝国始皇帝の霊廟の扉だ。始皇帝が宇宙を統一して銀河帝国を築き上げた秘密は〈スーパー・クリスタル〉にある。〈スーパー・クリスタル〉は強大なエネルギー体とも超巨大結界ともいわれていて、始皇帝は銀河七王国連合艦隊を超巨大結界に吸い込ませ撃破し宇宙のすべてを手に入れたのだという」 
 そういい終えたとき僕たちのところにやってきた〈兎〉のギルが、
「友よ、さあ、行こう」
 と〈猫〉のエンにいった。エンはうなづくとサーベルを抜いて宙に8の字の放物線を描き穴を開けたのだった。その間、〈兎〉のギルは泣きじゃくる僕を抱きしめながら、マントの内から青く光る〈クリスタル〉をとりざし、おじいさんの木の幹に当てた。ギルの〈クリスタル〉から、しずくのような青い光が落ちていく。
 〈猫〉のエンはいった。
「なっ、なにをなさるのですか、殿下? そんなことをなされば、あなた様の寿命が半分になってしまう──」
「いいんだ」
 〈兎〉のギルは、〈ちょんまげ〉さんと〈仙人〉さんに向かって、
「最後の戦いになる。宗司が後を追ってきたら困る。押さえていて欲しい──宗司、今度こそさよならだ」
 といった。そして8の字の穴に、エンが飛び込み、続いてギルが飛び込んだ。僕は反射的にその後を追いかけようとしたが、〈ちょんまげ〉さんたちに押さえられた。
(ギル君──、エン君──)
 〈猫〉のエンがつくった結界はみるみる閉じていく。 

更新日:2009-06-28 14:37:43

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