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気になる男

 下町にある、エレベーターも監視カメラもない古ぼけたマンションの一室が、私の家。
 家といっても、『ボス』から供給された待機所といったところか。
 古い外見に似合わず、部屋はハイテク機器で充実されていて、かなり居心地が良い。
 私はさっそくマシンを立ち上げ、今回の仕事の顛末をまとめ、ボスに報告する。

『状況から、これみよがしに暗殺してみせるよりも、心中としておいたほうが、面倒が少なくていい。』

 報告を受けたボスからの返答は、思ったより早く来た上、手際を褒められたことに、私はようやっと肩の荷が下りた気がした。

『他に変わったことはなかったか?』

 続いたボスの質問に、私は躊躇いながらも、『NO』と返事をした。
 変わったことがなかったと言えば嘘になる。
 あの氷室とかいう、子供みたいな顔をした刑事。
 誰も気付かなかった私を、不思議そうに見つめていた。ただ、本当に私に気付いていたのか、甚だ疑問ではあるが。
 長い会話のやりとりは、調査の網にひっかかる恐れがあるため、ボスとのやりとりはごく短い。通信はとっくに終わっている。
 私はワインセラーの中から、お気に入りのシャンパンを取りだして、独り仕事成功の祝杯をあげた。
 いつもは、満足して杯を空ける私だけれど、今回だけはいささかひっかかるものがある。
「氷室……」
 私に気付いた節のある、あの刑事。
 本当に私に気付いていないのか。気付いていない振りをして、密かに私を調査している可能性もある。
 私は一口しか飲まなかったシャンパンをテーブルに置き、再びパソコンを睨み付け、キーボードを叩いた。

更新日:2009-06-25 20:28:57

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