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第3章 夜が来る…
「すみませーん、誰かいませんか? 泊まりたいんですが」
チリン、チリン…
カウンターの上に置かれた小さな呼び鈴を数度叩いて、人を
呼んだ。
「あぁ、いらっしゃい。ちょっと食事をしていたもので…失礼した」
中から出てきた男は、髪にも髭にもたっぷりと白髪の混じった
老人だった。
「図書館の方の紹介で来ました。伺っていますでしょうか?」
「ああ、聞いておるよ。部屋も用意してある。では、ここに名前を
書いてくれんかね」
「良かった、安心しました。えーと…ここ、ですね?」
カウンター越しに老人の口元に付着しているものを見て凍り
ついた。
(なんだろう? 肉片のようにも見えるが…赤いものは血なのか?)
私は視線を紙に戻し、サインをし何事も無かったように手続きに
移った。
(ローストビーフの類かもしれない。それに異国に地へくれば生肉を
食べる習慣があってもおかしくはない…まさか、いや…まあ思い
過ごしだろう)
「ではな、部屋は303号室で鍵はこれじゃ。食事はどうする?
今、聞いておけば後で部屋に届けることも出来るが」
「そうですね。では少ししたらサンドイッチか何か軽いものを。
それとお酒は置いてますか?」
「あるよ。ビールか、それともウイスキーのハーフボトルでよければな」
「ではウイスキーを下さい。それは今、頂いていきます」
男は棚からボトルを取り出した。
氷が必要かと聞いてきたので、それはいらないと言った。
「他に欲しいものとか、聞きたいことはあるかい?」
清算を終え、鍵を私に渡すと男は言う。
「今日は他にも泊り客がいるんですか?」
「さて、どうだったかな? 調べてみようか?」
「あ、いえ、結構です。いいんです、べつに。ちょっと気になっただけ
ですから」
私は男が宿帳のようなものを取り出したので、慌てて両手で
制止した。
「そうかい」
そう言うと男は舌を出し、口元に付いた肉のようなモノを口中に
取り込んだ。
「ああ…と。では部屋をお借りします」
男の足元で何やら蛇でも絡み合うようなシュルシュルという
奇妙な摺れる音が聞こえる…。
私は気味が悪くなったので、急いでその場を離れることにした。
(おかしいな…何故、部屋に客が泊まっているか知らないんだろう?
もしかしたら本来は別の人間が接客しているのかもしれないな…
例えば奥さんとか)
私は階段を上りながら、ふと男の「他に何か欲しいものとか、
聞きたいことはあるか」という言葉を思い出した。
(まるで死刑台にでも向う囚人への言葉のようだったな)
初めて来た土地とはいえ、不可解なことばかり生じ、私の気分は
悪くなる一方だった。
部屋はすぐに見つかった。
「何だ? この部屋の中は匂うな、生臭いというか…そうか、これは
生魚の臭いだ」
この町が海から、そう遠くないとはいえ港町と呼ぶにはおかしい。
とはいえ、その匂いは以前、旅行で海の近くに宿をとった時の
思い出を蘇らせた。
「悪臭という程でもないし、一杯引っかければ気にもならなくなる
だろう」
グラスに半分ほどウイスキーを注ぎ、窓際に立って外を見、静かに
ブラインドを下ろした。
(完全に陽が落ちた…夜が来るか…)
テーブルに戻ってまずは一口、アルコールを喉に流し込んだ。
「すみませーん、誰かいませんか? 泊まりたいんですが」
チリン、チリン…
カウンターの上に置かれた小さな呼び鈴を数度叩いて、人を
呼んだ。
「あぁ、いらっしゃい。ちょっと食事をしていたもので…失礼した」
中から出てきた男は、髪にも髭にもたっぷりと白髪の混じった
老人だった。
「図書館の方の紹介で来ました。伺っていますでしょうか?」
「ああ、聞いておるよ。部屋も用意してある。では、ここに名前を
書いてくれんかね」
「良かった、安心しました。えーと…ここ、ですね?」
カウンター越しに老人の口元に付着しているものを見て凍り
ついた。
(なんだろう? 肉片のようにも見えるが…赤いものは血なのか?)
私は視線を紙に戻し、サインをし何事も無かったように手続きに
移った。
(ローストビーフの類かもしれない。それに異国に地へくれば生肉を
食べる習慣があってもおかしくはない…まさか、いや…まあ思い
過ごしだろう)
「ではな、部屋は303号室で鍵はこれじゃ。食事はどうする?
今、聞いておけば後で部屋に届けることも出来るが」
「そうですね。では少ししたらサンドイッチか何か軽いものを。
それとお酒は置いてますか?」
「あるよ。ビールか、それともウイスキーのハーフボトルでよければな」
「ではウイスキーを下さい。それは今、頂いていきます」
男は棚からボトルを取り出した。
氷が必要かと聞いてきたので、それはいらないと言った。
「他に欲しいものとか、聞きたいことはあるかい?」
清算を終え、鍵を私に渡すと男は言う。
「今日は他にも泊り客がいるんですか?」
「さて、どうだったかな? 調べてみようか?」
「あ、いえ、結構です。いいんです、べつに。ちょっと気になっただけ
ですから」
私は男が宿帳のようなものを取り出したので、慌てて両手で
制止した。
「そうかい」
そう言うと男は舌を出し、口元に付いた肉のようなモノを口中に
取り込んだ。
「ああ…と。では部屋をお借りします」
男の足元で何やら蛇でも絡み合うようなシュルシュルという
奇妙な摺れる音が聞こえる…。
私は気味が悪くなったので、急いでその場を離れることにした。
(おかしいな…何故、部屋に客が泊まっているか知らないんだろう?
もしかしたら本来は別の人間が接客しているのかもしれないな…
例えば奥さんとか)
私は階段を上りながら、ふと男の「他に何か欲しいものとか、
聞きたいことはあるか」という言葉を思い出した。
(まるで死刑台にでも向う囚人への言葉のようだったな)
初めて来た土地とはいえ、不可解なことばかり生じ、私の気分は
悪くなる一方だった。
部屋はすぐに見つかった。
「何だ? この部屋の中は匂うな、生臭いというか…そうか、これは
生魚の臭いだ」
この町が海から、そう遠くないとはいえ港町と呼ぶにはおかしい。
とはいえ、その匂いは以前、旅行で海の近くに宿をとった時の
思い出を蘇らせた。
「悪臭という程でもないし、一杯引っかければ気にもならなくなる
だろう」
グラスに半分ほどウイスキーを注ぎ、窓際に立って外を見、静かに
ブラインドを下ろした。
(完全に陽が落ちた…夜が来るか…)
テーブルに戻ってまずは一口、アルコールを喉に流し込んだ。
更新日:2015-09-17 17:29:09