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その日も、いつものように携帯ラジオをポケットに入れ、イヤホンで
番組を聞きながら走り出しました。

『今日はリクエスト特集でお送りします。まず一枚目の、お葉書を紹介
します…』
こんな感じで、DJのお喋りと、かかった曲を聞きながら夜の道を走って
いた時のことです。
『…と、いうわけで次にお届けする曲は…ザッ、ザザー』
急にノイズが入ったんです。

田舎だし、走りながらなので受信状態は決して良いとはいえませんが、
途中で途切れたり、激しいノイズが入ったのは初めての事でした。
走っているとはいえ、特に何も見るものも無く、車も走らないので
全神経は耳に集中しているといってもいいくらいです。

『…ザ、ザザー…(誰か…)』
ノイズが途切れ声が聞こえたんです。その時はDJの声かな、とも
思ったのですが、それは違っていることに気付きました。
『ザザ…(助けて…寒い…)ザッ、ザザー』
多局と混線しているのかとも思いました。でも、それも違いました。

『この曲がヒットしたのは…』
また電波が安定したようで、DJが話を続けているのが入ってきました。
それから、また数分走りました。
『…ザ、ザザ』
またノイズが入り、受信状態が不安定になりました。
『(聞こえていたら…早く来て…その先を下りて川に向かって)…ザ、ザザー』
確かに、そう言ったのです。
「そういえば、この先に川へ行く小道があるけど…」
誰もいないので独り言を呟きながら、考えてみました。

何かのラジオドラマが混線して入ってきたのなら、何という偶然だろう、
なんて感動していました。
川は小さく、浅いもので岩なども多く、子供の遊び場みたいな感じです。
時々、洗濯物をここで洗うオバサンも何度も目撃したことがあります。

『ああ、寒い…水が冷たい…凍え死にそう…』
今度は、はっきりと聞こえました。若い女性の声でした。ノイズも
入らず、しっかりと受信されました。それはまるで、もう目の前の
電波を拾っているかのように…

「ま、いっか。話の種に川に下りてみるか?明日、学校に行ったら、
みんなに話してやろう」
などと早くも休み時間のネタでも考えていました。
川へ下りる道…といっても土を踏み慣らして出来た細く不安定で危険な
道です。
夜に、こんな道を歩く人は絶対にいません。
いるとしたら人では無く、獣くらいです。
田舎ですから、猿や狸、イノシシまでいるくらいですから。

でも、この時は違っていました。
川淵に半身を冬の冷たい水に浸かった猫がいたんです。
私は兄弟がいず、家には猫を飼わせて貰っていました。
だから猫が倒れているのを見て、怖いとかいうより先に急いで
駆けつけました。
自分の家にいる猫じゃないことは遠くからでも分かりました。

死んでいました。
たった今、命を引き取ったのでしょう…まだ身体は柔らかく、
水に浸っていない首の辺りは温かみも感じました。
でも目を開けることはありませんでした…。
訳が分かりませんでしたが、すぐ先に土の柔らかい場所があるのを
知っていたので手で掘って埋めました。

その日はもう走るのをやめ、帰って寝たんですが、
怖くは無かったです。
でも布団の中で、単なる偶然だろうかと、そればかり考えていました。

更新日:2009-06-11 11:32:31

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