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St@ge.4 何気ない相談

「2週間で千早さんに認めてもらう、かぁ」
正確には1週間と6日かな、初出社した昨日を除くと。
事務所の自分の机で頬杖をつきながら独り言をつぶやくが、何も思いついていなかったりする。
新人である自分にはプロデューサーとして覚えるべき仕事が山積みであり、環境に慣れなくてはいけないのだから、はたしてそんなことができるとはとても思えない。
そのときの喜びと興奮の勢いで決めてしまった自分の考えのなさに頭を抱えるばかりだ。
「どうかされたんですか、春田さん?」
すぐ隣の席の小鳥さんに話しかけられ、自分はわずかに頭を上げてそちらを見た。
自分よりも年上で、ここ765プロでの仕事の長い彼女のことだ、何かいいアイデアを授けてくれるかもしれない。
社長室であった出来事を小鳥さんに話してみた。高木社長から千早さんを紹介されて彼女の専属プロデューサーになったこと、その際にいったんは彼女が断ったが自分がプロデューサーをさせてもらうように頼み込んだこと、しかし2週間以内に千早さんに認められるようなプロデューサーとしての仕事ぶりを見せられないと外されてしまうことまで。
一通り聞いた小鳥さんは思案するような表情を浮かべている。
「そうですか。2週間で千早ちゃんにプロデューサーとしての手腕を認めてもらわないと専属から外されてしまうんですか」
自分は大きくため息をつき、書類のひとつに目を通し始める。
そこに書かれているのは今の時点での千早さんのスケジュールが書き込まれている。ほとんど白に近く、オーディションがいくつか書かれているだけだ。以前千早さんを担当していたプロデューサーが辞めてからあまり活動を行っておらず、仕事のオファーもないらしい。
「うーん、千早ちゃんは気難しいところがありますからね。歌でも教えることができれば話が早い気もしますけど」
「歌はさっぱりですよぉ。自分はダンスやってましたけど」
「あー。いきなり真ちゃんとダンスバトルしだしたのは驚きました」
「いや、あれは真くんからやってきましたので」
事務所で自己紹介をした際にダンスをやっていたことを言ってしまったらいきなり真くんにどれくらい踊れるか見せて欲しいと言われてレッスン室に引っ張られてしまった。
「真ちゃんは今の担当プロデューサーがダンスより歌を重視しているからちょっと不満に思う部分があるのかもしれませんね。千早ちゃんがダメでしたら、真ちゃんと雪歩ちゃんの担当になります? 2人とも春田さんのこと気に入っていたみたいですし」
それも悪くないかもと思ったが、千早さんの顔が頭の中に浮かんできて、慌てて首を振った。
「いやいやいやいや、自分は千早さん一筋でっ」
「そうですか。千早ちゃん一筋ねぇ」
これが誰かから聞いた小鳥さんの悪い癖なのかな、目を閉じて少しだらしなく見える微笑をその顔に浮かべている。そういう表情をするときはだいたい良からぬことを妄想しているらしい。
何度か声をかけるものの、小鳥さんの口からはうわ言のような言葉が出てくるだけでこれ以上のまともな会話は期待できそうにないみたいだ。
「自分、ちょっと出てきますねー」
妄想の世界から戻ってこない小鳥さんに念のために一言だけ告げ、妄想の邪魔にならないように事務所からこそこそと出て行った。

小鳥さん以外の人間にも相談してみるのもいいかもしれない。
今765プロには誰がいるんだったかな。
「こんな所で何をしているんです、新米プロデューサー殿?」
自分にかけられた声音に身をすくめてしまう。特に悪いことをしているわけでもないというのに。
「あ、律子さん」

更新日:2009-06-20 18:20:43

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