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*** Chapter 04 物語は始まった ***

挿絵 640*429

 階段の途中から下まで、まがまがしい悪意が淀(よど)んでいた。
 汚れきった沼地の、汚染されたどぶ臭い水がゆっくりとたゆたっているようだった。
 つま先がその淀みに浸かった途端、悪寒が身体を走り抜けた。
 厭(いや)な予感がした。
 駅の階段を降り切ると、駅前のロータリーには北風が吹き荒(すさ)んでいた。
 北風には冷気ばかりか、疎(うと)ましい気配が込められていた。
 ロータリーにはバスの発着停留所が並んでいた。それぞれの自宅方面行きのバスを、長蛇の帰宅者たちが寒空に身を震わせて辛抱強く待っていた。
 かなりの台数が待機するはずのタクシープールには、一台のタクシーも見あたらなかった。フル回転でピストン輸送を繰り返し、時間待ちの列を少しずつ崩している。
 駅前は照明の明るさに充ち満ちているはずなのに、人には暗い陰がへばり付いていて表情が識別できなかった。
 数学の問題がなかなか解けず、塾からの帰りがいつもより多少遅くなったが、真夜中というわけではなかった。
 自宅方面に行くバス停には黒塗りの大型乗用車が停まっていた。着色された窓ガラスから車内は窺えなかった。帰宅者の迎えの車だろうと推測したが、停留所に横付けしているふてぶてしさに小さな怒りが込み上げてきた。それが切っ掛けとなった。バス待ちの最後尾に暫く並んでいたが、到着の時間に間隔が空いたバスを、冷たい風の中で長い時間待つ気がなくなった。
 むしろこのおぞましい空気の中から早く抜け出したかった。
 町はできたばかりで、何処も彼処も新しくおしゃれだった。歩いて帰っても、商店街から家までの道は明るい。昔のガス灯を思わせる街灯が等間隔に設置され、歩道に明暗の連なりを作っている。
 愛子はバス停を離れて歩き出した。
 途端にコートを突き抜けて冷気が差し込んできた。冷気はそのまま背筋を凍て付かせるほどの恐怖に変わった。耐えきれないほどの悪意の気配が、もの凄い勢いで背後から迫ってきた。
 愛子が振り返ったとき、バスの停留所に停車していた黒い車が爆発した。
 中心部の白熱した輝きが一瞬に膨張して、爆発色の光が全てを粉々に打ち砕いた。
 鉄の破片やガラスが飛び散り、たくさんの肉体がバラバラになって飛散した。
 その直後、音速の熱風が衝撃波となって愛子の身体を吹き飛ばした。
 耳をつんざく大音響が轟いた。
 身体がバラバラに切り裂かれ、焼き尽くされた。

更新日:2009-01-15 13:05:42

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