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「企業健診提要」考

医者になって初めての転職後2ヶ月、新しい職場にも少しずつ慣れ、万事に於いて真に刺激的な毎日を過ごしている。

現職場は企業健診を中心に行う事業所で、小生は巡回バスに早朝から乗り組んで県内の企業を巡回し労働者の健診を行っている。

内科健診が中心だが、労働安全衛生規則45条に規定されるトルエンなどの有機溶剤やコールタールなどの特定化学物質に対応する健診が含まれることもあり、学生時代の懐旧にひたりながら、臨床医学とは一味違った公衆衛生・産業衛生に関する新たな知識の修得に勤しんでいる。

巡回健診では午前中無慮百の受診者に対して医師1人で問診や健康指導を行う。

単純計算では一人2分弱の時間内に、現在の健康状況を問診、身体測定結果や検尿や心電図の所見を説明して、問診や当日の臨床データと過去の健診結果から考え得る現在の体調とその管理法について簡略に解説を行う。健診者の正式結果は後日会社から受け取ることになる。

健診受診者の多くは健常人だが、問診事項や過去の健診データなどから判断して生活習慣の偏りが疑われる例も少なくない。また、過去の健診結果に於いて明白な異常あるにも関わらず医療機関への受診が未だ行われていない健診者も散見される。

医療者から一般人に対する医学的説明はその内容の3割程度しか理解されないとのデータが示す如く、短時間一言半句を説明しても受診者の心には到達せざることあり得る故、受診者に緊要な事項を絞り込み説明するのが望ましい。

学者マックス・ウエーバーの驥尾に付し浅学非才を承知の上で申し述べれば、労働者自らが自身の健康問題を涵養せしめ得る動機なる知識を端的に伝達することも必要である。

受診者、医者、時間の関係性から俯瞰した時、患者一人に複数の医者が長時間を共有する行為たる外科手術の対岸にあるのが、この巡回健診業務と言えなくもない。


2009年5月

更新日:2016-12-15 15:35:53

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