• 27 / 36 ページ

波を数えて走りたい -8-

カズミの手術が行われる日、トオルは学校のグラウンドを走っていた。

日本時間で今日の夕方5時、手術が始まるのだと、早川医師が昨夜電話で教えてくれた。

トオルは、左手首のミサンガに手をやって、カズミに思いを馳せていた。

・・・絶対帰って来い・・・・・・

こんな風に他人を思うことなどなかった。
トオルにとって、初めての感情だった。


走り終えたトオルに、宮本教諭が言った。
「12月に、中学校駅伝というのがあるんだが」
「・・・はい」
「どうだ。走ってみないか」
「俺がですか」
「区間3キロだ。10月に県予選がある。それで優勝すればの話だが」
「・・・・・」
「大会の方は三浦がいるから心配ない。駅伝に的を絞ってみないか」
「はあ」
トオルにとっては、どちらでもよかった。ただ、三浦があの日以来部活に来ていないのが、気になっていた。
「よし。申し込んでおくからな」
宮本は、笑顔でトオルの肩をたたいた。


部活を終え、生徒玄関で靴を履いていると、外に貴子がいるのが見えた。
剣道部の貴子は、防具の入った大きな袋を抱えている。トオルを待っているようだった。

「何だよ」
「カズミちゃん、今日手術なのよ」
「知ってる」
「知ってたの? なんだ」
貴子はほっとした顔をした。
「昨日、早川先生の所に行って聞いたの。だから野崎くんにも早く教えてあげなきゃって思って。でも部活があったから」
「ああ・・・ありがとう」
「・・・・・・」
貴子は真っ赤になった。トオルが礼を言うとは思っていなかった。
「じゃな」
トオルは貴子の前を横切って、帰っていく。
貴子はその後姿を、長い間見つめていた。



家に帰った時は、5時少し前だった。まもなく手術が始まる。かといって、何も出来ないトオルである。

部屋に入ると、カズミの手紙を取り出し、読んだ。
女の子らしい優しい文字だ。カズミの人がらが表れている。

階下から、柱時計の時報を打つ音が聞こえる。5時になったのだ。

トオルは長い間、机の上の時計をにらみつけていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





新学期に入り、学校はいつものような慌しさである。
皆、自分の夏休みの出来事やら宿題の話などで、ざわめいている。

トオルは窓際の自分の席で、頬杖をついて外を眺めていた。

「野崎ぃ」
高山が声をかけてきた。
「今日さ、両親がいないんだよ。だから家で宴会やろうぜ」
「宴会?」
「バーベキューだ。家政婦の石井さんが、用意してくれる」
「・・・・・」
「なんか、用事ある?」
「いや別に」
「じゃ、決まりだ」
高山はそう言うと、廊下に出て行った。他のクラスの連中にも声をかけるつもりなのだろう。



「三浦が転校するんだそうだ」
放課後、トオルが部活の練習に行くと、宮本は渋い顔で言った。
「家の事情ということだが・・・今の時期に困ったよ」

原因は、あの決闘事件だろう。三浦には相当こたえたらしい。

「長距離やれる奴は、あまりいないんでな。とりあえずお前、大会と駅伝、両方出ることになってもいいように、頑張ってくれ」
「はあ・・・」

大会だろうと駅伝だろうと、走ることに変わりはない。体力には自信があった。連続で公式戦に出場ということになったとしても、特に問題はなかった。







更新日:2013-01-01 18:21:42

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook