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茜雲ひとつ

得意先に商売道具である組み紐の納品を済ませ、竜は町はずれにある神社の前を通りかかった。
陽は傾きはじめ、空に浮かぶ雲が朱に染められている。
林の一角を切り開き、普段なら静まりかえっているはずの境内に子供達の賑やかな声が響いていた。
「だるまさんが転んだ」
見れば、年の頃10歳になろうかという男の子が、境内に植えられている大木の前で顔を隠し、数を数えていた。
周りには同じ年かさの子供達が、鬼が数を数えている間に歩を進め、鬼役の子供との距離をじわじわと詰める。
竜は子供達の楽しげな様子に顔をほころばせると、足を止めた。
鬼の手には、運悪く鬼が顔を上げているときに身体を動かして捕まってしまった八つくらいの女の子と、それよりも幼い男の子の手がつながれている。
……と、鬼の数えに合わせて神社の木々の間から見覚えのある長身の男が姿を現した。
「だるまさんが転んだ」
長身の男、花屋の政は鬼が顔を隠している間に素早く歩を進めると、鬼が振り向く前に立ち止まり動きを止める。
子供相手にもかかわらず、幾分か真剣な面もちで遊びに参加している政を見て、竜は思わず吹き出した。
密かに笑っている人の気配に気づいた政。
「よぉ花屋、楽しそうじゃねぇか」
からかい気味に声をかけた竜に、政は見られたバツの悪さか「うるせぇ」と半分怒り気味に答える。

「だるまさんが転んだ」
鬼役の子供は口早に数を数え、勢いよく振り返る。
竜に気を取られていた政は、鬼が振り向く前に急に動きが止められず、足を一歩踏み出してしまった。
「やった、政兄!!」
鬼が得意げに政の名前を呼ぶ。
周りの子供達はくすくすと笑いながら、相変わらずにやにや笑っている竜と「お前が声なんてかけるから…」などと照れてバツが悪そうにしている政の両方を交互に見比べている。
「これからどっか行くのか?」
照れ隠しに政が訊いた。
竜は手に持った風呂敷に包んだ木箱を振ってみせると「いや、帰りだ」と答える。
「みんな、竜兄ちゃんも遊んでくれるってよ」
にやりと笑った政がお返しとばかりに大声で子供達に告げると、子供達からわぁっと歓声が上がった。
「おい……」木々の間からわらわらと走り出てくる子供達に囲まれ、竜は戸惑いを隠せない。
「政兄ちゃん、今度はかくれんぼしよう」
今まで鬼をしていた男の子が政の顔を見上げて言う。
「よし、じゃ次はかくれんぼだ」
政はにこりと笑うと、竜にも同意を求めた。
「何で俺まで……」
小さくぼやく竜の袖口を一番幼い女の子が掴み、軽く揺する。
「かくれんぼ」
唖然としている竜に女の子がにこにこと笑いかける。
「しょうがねぇなぁ」
かわいらしい笑顔につられて笑顔になってしまった竜。
竜は風呂敷包みを木の根もとに置くと、鬼決めのじゃんけんに加わった。
「いーち、にーい……」
じゃんけんで負けて鬼になってしまった年長の女の子が、顔を隠して数を数える。子供達は歓声を上げながら、それぞれに隠れ場所を求めて走り出した。
「おい、こっちだ」
政が竜の腕を取り、走りはじめる。
「ちょっ……」
政にぐいと腕を掴まれ、引きづられるように竜も歩き出す。
政は境内の一角にある石碑裏の茂みに竜を押し込むと、自分も傍らに滑り込み、身体を小さくして隠れた。
「何でお前と一緒に隠れなくちゃなんねぇんだよ」
不服そうにぼやく竜に、「しーっ」と政は唇に指を当て笑みを返し「ここが一番見つかりにくいんだぜ」と半ば自慢げに答える。
「つき合ってらんねぇ…」
別の隠れ場所を求めて去ろうとする竜の腕を掴み、押しとどめようとする政。
「離せよ」
竜が腕を振り払おうとした…その時、鬼の数える声が止む。
政はとっさに竜の身体に腕を廻し、その大きな手で竜の口を塞いだ。
「三吉、おみつ、どこー?」
鬼役の女の子が、子供達の名を呼びながら小走りにこちらへ向かってくる。
竜の口を塞いだ政の手にわずかながら力がこもった。
不本意ながらも相手の体温を感じる程に密着した二人の身体。
お互いの鼓動が大きく感じられるような静寂に包まれる…。


2002/2/10記

更新日:2009-05-04 22:28:47

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