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小説

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第3章 曼荼羅の家

 偽りの瞳が蟹沢に向けられている。一体誰なのかと質問しようとして、思わずはっとする。それはルーム・ミラーに写った自分の眼だった。

 困惑したまま町田に来てしまった。
 蟹沢は思う。絵美の相談が非日常であるのは事実だが、その本当の根拠が分からない。兄の笠松芳雄の意図も謎だ。仮に彼の話す通り、父親の忠雄と芳雄の妻・珠子が遍路に出かけただけだとしても、絵美の反応は異常である。彼女は悩みの本当の部分を隠しているのかもしれない。芳雄も話題を逸らすため、意図的に同級生の蛯原まどかの失踪を告げた。
 妙な展開に巻き込まれた気分である。蟹沢は大きな息を吐き、愛車のエンジンを切った。アイドリング音がなくなり、新興住宅に響く音も無くなった。


 閑静な住宅街は、多摩丘陵の斜面を削って綺麗に区画されていた。斜面の上には緑で覆われた樹木の数も多い。一つの区画が23区内の分譲地と異なり、かなり広い。木造三階建ての家屋はなく、すべて二階建てで、どこの家も2台駐車可能なスペースとわずかな庭がある。
 都心のマンションほど無個性ではなく、適度に調和がとれていることがよく見ると分かってくる。

 笠松忠雄の家は、蟹沢が高校時代によく訪れた古い家ではなく、この住宅街の一角に移っている。個性的な理論を展開する学問分野とは違い、居住空間にはこだわりが無かったようだ。この分譲した建売住宅が彼の生活空間である現実に、すこしだけ違和感を抱くことになる。
 蟹沢は笠松家の前に停めたポルシェ944S2から、そのまま門を開けて敷地に入って行った。玄関ドア横のインターホンに対峙する。門からのアプローチは短かった。右手の車庫にクルマがないことだけは確認している。

更新日:2008-12-03 12:48:11