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1-3/元気で愉快な半透明の悪霊




 その半透明で愉快な女の悪霊は、華子というらしい。
 つまり、トイレの花子さんの一文字違いだ。
 花子さんといえば日本全国の学校にいると噂されているわけだが、仮に幽霊なんぞが実在するとして(現に今目の前にいるがそれはさて置き)、同姓同名の『花子さん』が日本中にいるってのは、考えてみればおかしな話だ。
 たまたま、“ハナコサン”としては同じだが、コイツ、即ち華子と『トイレの花子さん』は、全くの別物なのだろう。
 ……って言うか、同じであって堪るか。
 俺の中の花子さん像はもっと恐ろしい何かだったんだ。決してこんな阿呆ではない。
 俺が最初に花子さんを見たのは、少年誌のホラー漫画だ。あの見開きで表現されたおぞましい姿を、俺は今でも覚えている。この先も忘れない。軽くトラウマだ。
 それとは関係ない話だが、華子が一番最初に口にした『花子さん』ってのは、どうやらグループの名前らしい。何のグループかって言うと――

「……つまりお前は、ただお笑いがやりたかったんだな?」
「そうです。でも、私が女であることとか、まだ時代がそういう雰囲気じゃなかった事とかで……気が付いたら私は、この学校の2Fの男子トイレの3番目の個室で死んでいたんです。」

 シュンとしたように言う華子。シリアスな空気を放っているが、内容は荒唐無稽だ。

「そうだったのか……いやいやいやいや、おかしいだろ、なんでそんなところで死ぬかな。」
「宇宙人と戦っていたら、何時の間にかそこに逃げ込んでいたんです。でもそれがヤツらの罠で――」
「解った、もういい。喋んなお前。」

 宇宙人の力は強大でした。
 私の必殺技は、何一つとして通用しなかったのです。

「えぇい貴様ーッ! モノローグは主人公であるこの俺の特権だぞーうッ!!」
「いいじゃないですか、減るもんじゃないですし。」
「残りの紙面が減る! 読者が減る! 俺の出演料が減るーッ!」
「な、何と言うメタツッコミ三連発……! 二つ目のが減るのはちょっと困りますね。」
「解ったら余計な事をするな。俺に任せておけばいいんだよ。」
「任せたら読者は増えますか?」
「おうとも。いいか、見てろ。地の文ってのはこうやって使うんだ。」

 俺は青空に向けて両手を高々と広げると、「地球の皆! オラに元気を分けてくれーッ!」と声高に叫んだ。すると町中から小さな光の粒がポツポツと集い、俺の両手の先に握りこぶし大の輝く球体を作り上げたのだ。

「……どうだ? あっという間にバトル漫画だろう。」
「すっ、凄いです! 実は漫画でもなければ何も叫んでないし両手を上げてすらいないのに、まるで本当に元○玉を作り出したかのようでした!!」
「いいか。こうやって地の文で読者を騙していくのが“信頼できない語り手”と言う技法だ。近年の推理小説では偶に見かけるタイプだな。」

 語り手が嘘の描写を行い、さも自分が犯人では無いかのように見せかけると言うとっても卑怯なトリックのことである。
 余談ではあるが、多用すると嫌われるから注意が必要だ。言うなれば諸刃の剣なのである。

「でも、それを主人公がやってもいいんですか?」
「いいんだよ。だって主人公なんだから。」

 って言うか、ギャグ小説だし。

「どう考えても読者は減りましたよね。」
「うぅむ……世代ごとにツボになるパロディを取り入れるべきか……。」
「安易にパロディに頼るのは三流の仕事だって誰かが言ってました。」
「その時はパロディを芸術の域に昇華すれば問題あるまい!」

 その分、版権的な問題は劇的に増加するのだろうが、それは面倒くさいので考えない事にした。
 世の中、テンションで生きていけば大丈夫なのさ。テンションが低いと失敗した時立ち直れないが、テンション高ければどんなに転んでも笑ってリアクションが取れるだろう。
 前向きがジャスティス。そんなもんさ。
 まぁ、これを大真面目に語ったら、中学時代の恩師には「そういうセリフはもっと思慮を深めてから言え。」と軽く一蹴されてしまったけどな。
 軽さとテンションは別物らしい。
 今なら、それは少しだが解る気がする。

(見てるか先生、俺は成長したぜ……。だから、心配しないで成仏してくれよな。)

 俺は両手を合わせて、まるで俺の将来を暗示するかのように広がる大空を仰ぐのだった。
 ……勿論、恩師は健在だけど。
 人知れず祈られてるって、どんな気分なんだろうな。

更新日:2009-12-11 22:34:24

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はなこさんと/第一話「はなこさんと」