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小説

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side. TOMITAKE


 彼女と最初に寝たのはいつだったか。
 一緒に興宮で酒を飲んだあの日だったか。野鳥撮影会で雨に降られた日だったか。それとも、予算の事で東京の幹部から色々文句を言われるだろうなと腹を痛めていた日だったか。逢瀬を重ねる度に、その記憶は曇っていく。
 覚えているのは、シーツに落ちた血痕の、その鮮やかな赤と彼女の表情だけ。
 そんな事を言えばまた彼女に「だから貴方はもてないのよ。」なんて言われる。実際当たっているだけに結構辛い。この歳で、今まで付き合った女性なんて片手で数え切れてしまうのだから。
 もうひとつ、覚えている事がある。
 いや、「覚えている」と言えるかどうか。
 それは僕と寝る度にそうだったからだ。別にあの日に限った事じゃない。だから覚えている。知っている。

 絶頂を迎え、気絶するように眠りについた彼女の、その後の。
 だから今日もまた、覚悟はしていた。

 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!!!」

 だけどそれは、いつもと違った。
 夢見に魘されていた彼女は、突然叫び声を上げたのだ。

 「鷹野さん?! 鷹野さんっ! 鷹野さんっっ!!」
 慌てて彼女の名を呼ぶ。毛布を掛けただけの彼女の胸は大きく上下を繰り返している。
 「鷹野さん、しっかりして! 大丈夫! 僕がいるから!」
 「あ・・・あ・・・。じ、ろ・・・さ・・・?」
 「そうだよ、ジロウだ。大丈夫、落ち着いて。」
 ゆっくりと開かれた彼女の目は、だけど僕を見てはいない。涙が彼女の目を覆い、睫毛を濡らし、後から後から溢れてくる。
 ひゅは、ひゅは、ひゅは。短い呼吸の繰り返し。苦しそうに喉を掴もうとするが、自重にすら耐えかねてパタリと手が落ちた。
 「・・・っ! 過呼吸を起こしてる。何か、何か袋・・・!」
 「じろ、さ・・・ん・・・ど、こ?」
 ベッドから抜け出して袋を探そうとした僕を、彼女のその一言が押し留める。
 「僕はここにいるよ。だから安心して。」
 「みえ・・・な、い、じ・・・ろさ・・・。」
 視点の定まらない目が、探している。僕を、求めている。
 思わず真っ白になったその手を握る。冷たい。凍える。体を抱きしめると恐ろしい程にその体は冷たかった。
 袋を探す為に彼女から離れるなんて、出来なかった。
 狂ったように酸素を求める口に、己の唇を重ねる。
 ひゅは、ひゅは、ひゅは、通常ならありえないテンポのそれに苦しくなる。口を離したくなるのを堪えて、ゆっくりと息を吹き込み、ゆっくりと息を吸う。
 息を吹き込まれた彼女はそれを吸う。
 息を吸われた彼女は、肺から空気を出す。
 やがて呼吸が完全にシンクロした頃に、僕はそっと唇を離した。
 「・・・は、はぁ、・・・はぁ。」
 「だ、大丈夫かい? 鷹野さん。」
 「じ、ジロウさん・・・私・・・。」
 「大分魘されていたから起こしたんだけど、タイミングが悪かったみたいだね。」
 もう少し早く起こしていれば彼女を苦しめずに済んだ。それを怠ったのは、僕の慢心でしかない。
 「鷹野さん、もう安心していいよ。悪い事は何もない。全部、消えたから。」
 右目から落ちる涙を掬い取りながら囁く。抱きしめた体は、まだ冷たい。背中に回された彼女の腕は、かたかたと震えていた。

 絶頂を迎え、気絶するように眠りについた彼女は、いつも玉の様な汗を額に浮かべて魘されていた。 
 彼女の過去は知らない。“おじいちゃん”に引き取られて後の話は何度か聞いた。でも、魘される理由はもっと前の出来事にあるんじゃないかと思う。
 彼女は知らない。そうやって僕に抱かれる度に魘されている事を。だから僕は訊けない。魘される理由も、過去の出来事も。
 そして僕は知っている。理解している。“僕に抱かれるから魘される”のだという事を。入江機関に何度か泊まった事のある彼女の異変について、入江二佐は何も言及した事がないからだ。すなわちそれは、異変がないという事を意味している。
 或いは相手が僕でなくても魘されるのかもしれない。それは分からない。分かった処で、僕が彼女を抱いて良い理由なんかにはならない。

 そして僕は、逢瀬の度に彼女を抱き続ける。

更新日:2009-05-06 21:06:22