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第2章

 なんとか見つけたアルバイト先のコンビニが、解雇された会社の近所だったので、杏子はたまに陸子とランチを共にする。陸子がお弁当を持たずに出勤したときなど、杏子のお昼の休憩時間に合わせて、彼女のアルバイト先のコンビニに、買い物がてら陸子が誘いに来るのだ。
 生活費は渡されていると言っても、杏子は奨学金の返済があったし、やはり学費を立て替えてもらっている以上、それも早めに返済す必要があった。それに、学校で使う鍼や綿花、消毒薬など諸々の消耗品など、そういうものは自分で稼いで買わなくてはならなかった。それでも、最低限生きていける保証を得られたことは大きなことで、彼女は随分楽になった。ただ、杏子は怖くて聞けなかったことがある。あの家に、直樹は一人暮らしのようだった。では、彼の家族は?ご両親はいったいどうしているのだろう?
‘死’という言葉が何度も脳裏を過ぎり、その度に彼女は叫び出しそうになる。もし、そんなことになっていたらどうしたら良いのだろう?
 そもそも、彼はなぜ、憎んでいるはずの自分を拾ってくれたのか。
「素直に良かったね、と言えないところが複雑だけど、でも、とりあえずは良かったね。」
 別れ際、唯一詳しい事情を知る陸子が少し微妙な笑みを浮かべ、杏子は気丈に微笑んでみせた。
「うん、良かった。」
 笑って手を振る友人を見送って、陸子は今度こそ、言葉にして祈った。あの子の未来に待っているものが、これ以上残酷なことではありませんように、と。
 だいぶ親しく話をするようになっても、杏子はあまり自分のことを話さなかった。携帯電話も持たず、自宅に電話もひかないため、その優しげな外見に惹かれて多くの男性社員が彼女を誘おうとするのだが、なかなか連絡が取れないということもあって彼女は誰とも付き合わなかった。モテる頻度から言えば、陸子もなかなかだったし、いろいろ忙しくて彼女も始めの内はさほど気にも留めなかったが、杏子は、男に興味がない、というより、どうしてか誰かたった一人を想っている・・・という気がした。それで、なんとはなしにそういう話題になったとき、聞いたことがあったのだ。
 その、辛い過去の物語は、今の彼女からは到底想像出来なかった。いったい、どうしたら、その悲惨な状況下で、曲がらず、誰も恨まず、自分の人生を呪ったりせずに、微笑んで生きてこられたのだろう?
 平凡な家庭に育ち、何不自由ない暮らしをしていた陸子には衝撃だった。
 その、切ない初恋の男の子の話は、陸子に、どうしても‘彼’に会わせてあげたい・・・という思いを抱かせた。そして、偶然、専門学校の入学式で再会したというまるでドラマのような展開に、彼女は『運命』を確信したのだ。
 だけど、まだ何か潜んでいるような気がする。それは、なんだかイヤな手応えの、暗い予感のようなものだった。

更新日:2009-04-09 20:52:04

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