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終章

 何もかもが丸く収まった・・・とは、すぐにはいかなかったが、直樹と杏子を取り巻く人々の心には確かな未来を与えた。最大にして唯一の障害は消え、悲しい真実に導かれる清らかな道が二人の前に現れた。そこを二人で歩いて行けるだけで、寄り添って手をつないで生きていけることが確かになっただけで、それ以外のどんなことも、もう障害ですらなかった。
 病院を出て、そのまま佳代は何食わぬ顔で家に戻り、たった今空港から帰ったように振舞って時差ボケ解消のためにすぐに布団に入ってしまった。実際、彼女は疲れていた。恋人を支えながらの長い裁判にも。
 美香はまだどこか不安定なままだった。彼女には、まだ越えなければならないことが残っているのだ。それは、自分と向き合うことでしかつかめない。自らが、自分自身を認め、受け入れていくしか。
 あの日、美香は、つかみかかった彼女の、その底の見えないようなどこまでも深い、そう、まるで‘愛’としか表現できないような瞳に、その色に触れて雷に打たれたような衝撃を受けていた。
 自分に向かって落ちてくる商品も、ずれて傾く棚から身を守ることもせず、杏子はただ一つのことを祈っていた、ように見えた。雪解けの湖水よりも澄んだ目をして。自分の命よりももっと何かを強く想って。
 それは、美香の中の闇、どろどろした腐臭漂う自らの内面をはっきりと眼前に映し出した。
 美香は初めて、自分自身を認め、受け入れ、許すことを、そのもがき苦しむような自らの毒を飲んで、知ることになったのだ。

更新日:2009-04-09 21:03:29

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