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小説

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浮き球

 六年生になる春休み。僕の趣味は海での漂着物の採集だった。
 住んでいる桜市の海は、江戸時代から二十世紀にかけて遠浅の海を埋め立てられ続けてきた。しかし、二十一世紀に入って、埋め立ての方向が変わってきていた。今までのコンビナートを造るような開発とは違う、親しめる海を取り戻す故郷創生プロジェクト。その一番の目玉は人工海岸だった。
 海岸には砂浜が造られ、波の強さを制御する為に沖に堤防が築かれた。そして海の生き物が、定着するまで出入りは制限されていた。道路には入れないようにバリケードが設けられていたが、子供一人ならいくらでも抜け道を見つけることができた。入ってしまえば、工事が一段落した区域は、まだ工事用のプレハブがあったが、人の姿はなく、誰からも咎められる事はなかった。
 だから、天気さえ悪くなければ、放課後になれば海に行くことになった。
 海水は黒くにごっていて美しいとは言えず、砂浜の砂は黒かったが、気にはならなかった。
 海で拾ったものたちは拾ってきた食器棚に詰めて陳列しておいた。
 どうしてそんな事に熱中したのか。
 孤独になりたかったからだ。
 両親がいないことや、生活保護を受けていること。そうした事が原因であったのか、クラスの中でいじめにあっていた。加えて、学校の中は、もともと住んでいるグループと、新興の住宅地やマンションに住むグループで割れていた。どちらにも入れない自分に対して、いじめは執拗だった。そして得た逃げ場が海だった。
 その日の見つけたものは大きかった。
 船にくくりつけて使われるガラスの浮き球だった。荒い縄でガラスの球を縛り上げたもので、もともと海苔の養殖が行われていたこの海で使われていたものだ。今ではオレンジや黄色のプラスチックのものに変わり、ほとんど見るとがないものだ。
 問題は側に誰かがいることだった。浮き球に腰掛け、海を見ているのだ。
 三十分程様子をうかがっていたが、結局、立ち去る様子もないので、近づいていった。
 同じ年頃の女子だった。見慣れない学校の制服。女子にしては日焼けした肌が黒く、話すと見える歯が印象に残る。
「ずっと見てたでしょ」
 ばれていたというのが分かり、恥ずかしくて下を向いたまま答えた。
「うん」
「人の目はまっすぐ見たほうがいいよ」
 言われるままに見ると、女の子の目は猫を思わすつり目だった。その怒っているような目で、まっすぐにこっちを見てくる。こうしたことができるのは、スポーツや勉強ができたりするかっこいい子の目だ。
「見てたけど、君じゃないよ」
 浮き球を指さすと女子は少しばかり不機嫌そうな顔をした。
「一人で何してんの」
 笑われるかとも思ったが、まっすぐに見られているせいで嘘をつけばばれそうで、小さな声でいった。
「漂着物集め」
「面白そうだね。今日の収穫はなに?」
「ないよ。あるとしてもそれくらい」
 もう一度、浮き球を指差した。女子は一気に興味を失ったようで、小さくため息をついた。
「これは漂流したものじゃないよ。私が持ってきたんだけど」
 確かにそういわれて見るとその浮き球は砂浜に置かれたせいで砂がついているが、漂着物らしく海草や海に浮かんでいたものならある緑色の汚れはついていない。浮き球は昔から漁師だった家は、今でも捨てずにおいてあるというからこれもきっとそれなのだろう。
「何かないの」
 つまなさそうにいってから、女子は笑った。
「その様子だとここに忍びこんで集めているのも初めてじゃないんでしょ。今まで集めたもの見せて。もしその中にいいのあったら取り替えてあげる」
「本当に」
「ちょうど海に捨てようと思っていたから。海から流れてきた物となら、取り替えるにしても釣り合いがとれるんじゃないかな」

更新日:2009-05-04 06:50:23