- 5 / 31 ページ
オープンまでの準備
美鶴はせっかく慣れたコンビニを辞める羽目になった。芳江はもとより大学を辞める気でいたため何の未練もないようで、美鶴のそばにいられることを大げさに喜んでみせた。
「やっぱあたしたちぃ、結ばれる運命なのね~。」
大量の本を運搬しなければいけないというのに、芳江は場違いなチェックのワンピースを着て美鶴に腕を絡ませてきた。当然、美鶴の叱咤が飛ぶ。
「はいはい、動く動く!」
美鶴はこの先の生活に不安を感じていたが、とにかく今はやるしかないと思い作業に集中していた。(どんな商売でも、死ぬ気でやれば何とかなる。)実際には死ぬほどの苦労はないのだが、かといって確実に収入が見込める保証もない。いかに宣伝するかにかかっている。
「宣伝は任せて!」ただひとり学校を辞めなかった了は、キャンパスや知り合いのツテを通して必ず集客をすることを約束した。本来なら、真っ先に退学しなければいけないはずのオーナーが大学に残ることに関して、美鶴は複雑な気持ちでいたが、確かに営業は必要だとも思った。
「本の説明とかさ~、いっぱい書いた方がいいよね!」
何だかんだいって、芳江もこの仕事を楽しんでいる。
(私も楽しもう。)
「あとで、ポップとマーカー買いに行こうね!」
SF小説や料理本といった違うジャンルの本が、次々とカテゴライズされてゆく。1階スペース5件分を改装しすべて書籍を並べているので、かなりの量の本を収納できる。
「あ~この本読んだことある!お婆さんが自分の身代金が安いって、誘拐犯に文句言う話しだよね!」
芳江は意外と古い小説に詳しかった。天童真の≪大誘拐≫は、もう30年も前の作品だ。
「そうそう、100億や!ってね。じゃ~これは知ってる?」
「これは、銭湯から鏡の向こうに行く話しでしょう?」
広瀬正の≪鏡の国のアリス≫は、それよりさらに前の本格的SF小説だ。
「これは、脳じゃなくて、細胞が物を考えるって話。」
「これは、RPGじゃなくて、薬の量の話。」
「これは、ストに巻き込まれた課長のドタバタ喜劇。」
「これは、羊がドーナツを作る話。」
芳江は、夢野久作も、宮部みゆきも、筒井康隆も、村上春樹も知っていた。意外だった。
「芳江、見直したよ!」
若者の活字離れが叫ばれて久しい昨今、よもやこの“いまどき”を代表するような芳江が、活字でいっぱいの昔の小説をこれほどたくさん読んでいたとは思いもよらなかった。
「うちの親共働きで、小さいころからひとりで家にいることが多かったから、本ばっか読んでたんだ。ひとりは寂しいけど、本を読んでると寂しいことを忘れるからね。…でも、みつるは離れちゃやだよ!ずっと、ずっと、一緒だよ!」
芳江は美鶴にしがみついて、少し泣いた。
美鶴は、(自分とは逆なんだなあ)と思いながら、芳江の髪をそうっとなでた。細くてやわらかい髪は、窓から入る光で金色に輝いて見えた。
図書館をオープンする3日前のことだった。
「やっぱあたしたちぃ、結ばれる運命なのね~。」
大量の本を運搬しなければいけないというのに、芳江は場違いなチェックのワンピースを着て美鶴に腕を絡ませてきた。当然、美鶴の叱咤が飛ぶ。
「はいはい、動く動く!」
美鶴はこの先の生活に不安を感じていたが、とにかく今はやるしかないと思い作業に集中していた。(どんな商売でも、死ぬ気でやれば何とかなる。)実際には死ぬほどの苦労はないのだが、かといって確実に収入が見込める保証もない。いかに宣伝するかにかかっている。
「宣伝は任せて!」ただひとり学校を辞めなかった了は、キャンパスや知り合いのツテを通して必ず集客をすることを約束した。本来なら、真っ先に退学しなければいけないはずのオーナーが大学に残ることに関して、美鶴は複雑な気持ちでいたが、確かに営業は必要だとも思った。
「本の説明とかさ~、いっぱい書いた方がいいよね!」
何だかんだいって、芳江もこの仕事を楽しんでいる。
(私も楽しもう。)
「あとで、ポップとマーカー買いに行こうね!」
SF小説や料理本といった違うジャンルの本が、次々とカテゴライズされてゆく。1階スペース5件分を改装しすべて書籍を並べているので、かなりの量の本を収納できる。
「あ~この本読んだことある!お婆さんが自分の身代金が安いって、誘拐犯に文句言う話しだよね!」
芳江は意外と古い小説に詳しかった。天童真の≪大誘拐≫は、もう30年も前の作品だ。
「そうそう、100億や!ってね。じゃ~これは知ってる?」
「これは、銭湯から鏡の向こうに行く話しでしょう?」
広瀬正の≪鏡の国のアリス≫は、それよりさらに前の本格的SF小説だ。
「これは、脳じゃなくて、細胞が物を考えるって話。」
「これは、RPGじゃなくて、薬の量の話。」
「これは、ストに巻き込まれた課長のドタバタ喜劇。」
「これは、羊がドーナツを作る話。」
芳江は、夢野久作も、宮部みゆきも、筒井康隆も、村上春樹も知っていた。意外だった。
「芳江、見直したよ!」
若者の活字離れが叫ばれて久しい昨今、よもやこの“いまどき”を代表するような芳江が、活字でいっぱいの昔の小説をこれほどたくさん読んでいたとは思いもよらなかった。
「うちの親共働きで、小さいころからひとりで家にいることが多かったから、本ばっか読んでたんだ。ひとりは寂しいけど、本を読んでると寂しいことを忘れるからね。…でも、みつるは離れちゃやだよ!ずっと、ずっと、一緒だよ!」
芳江は美鶴にしがみついて、少し泣いた。
美鶴は、(自分とは逆なんだなあ)と思いながら、芳江の髪をそうっとなでた。細くてやわらかい髪は、窓から入る光で金色に輝いて見えた。
図書館をオープンする3日前のことだった。
更新日:2009-04-05 23:17:29