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マンションで図書館
母はよほどショックだったのか、頭に来たのかわからないが、追いかけてはこなかった。父も妹も弟も、訪ねては来ない。
(これでやっと自由になれる。)
美鶴はこの目まぐるしく過ぎた2ヶ月のことを思い出しながら、店内の清掃をしていた。まだ夏には早いのでさほど出入りの少ないアイスクリームのケースを水ぶきしていると、自動ドアから一人の女性が入って来た。その女性はまっすぐに美鶴の方へ向かって歩き、手をにぎると泣き出した。
「みつる~!」
「よっし~!どうしたの?」
赤井芳江は、大学の講義でよく席が隣になった2回生で、「どうしよう?どうしよう?」が口癖の気の小さい女性だ。いつも堂々としている美鶴の後ろを追いかけて、何かあると助けを求めるのだった。美鶴も美鶴で、そんな芳江のことを同じ年にも関わらず妹のように思っていた。
「みつるがいないからつまんない!私も大学辞める!」
芳江は鼻水をすすりながら言った。これでよく大学受験に合格出来たものだと呆れている美鶴に対し、尚も続けた。
「あたしもコンビニで働く!ね~みつる、店長に頼んでみて!ねっ!ねっ!」
(ねっ!じゃあない!)
とにかく今はバイト中だからという理由で、むりやり芳江をコンビニから追い出し、後で落ち合うことにした。場所は駅前のスターバックスで、時間は7時半。
美鶴は店長がいなくて幸いだったとため息をついた。そして、こういう時に頼れる相手は一人しか思い浮かばなかったので、2ヶ月ぶりにその携帯の番号を押した。
「でね~経済のサイトーさあ、出会い系サイトで中学生にてぇ出してねぇ、こないだテレビの取材が来てたんだよ!まじ、バカだよね~。」
芳江は見るからに甘そうな“キャラメルマキアート”をかき混ぜながら、どうでもいいことを話し続けていた。
「文学のサダコなんて、“女性に対する差別は断固許しません!”とかいって、真っ赤な顔して講義の半分くらいつぶす勢いでいきまいちゃって、コワイのなんの!」
美鶴は何か言おうとしたが、うまくまとまらずに結局口をつぐんでしまう。こういうときは無理をせず様子を伺おうと思い、濃い目のブラックコーヒーに口をつけたとき、見慣れた背の高い女性が入ってくるのが見えた。
「アキラ~!こっち、こっち!」
美鶴が大きな声で呼ぶと、了は軽く手を上げて近づいてきた。
「オス。」
了がテーブルにつくと、美鶴は同じ大学とはいえさほどお互いのことを知らない二人を、それぞれ紹介した。了は誰に対してもいつも同じ態度で接することができるが、芳江は違う。さっきとは打って変わって、もじもじしている。
美鶴は芳江に構わず、了に芳江が学校を辞めて働きたいと思っていること、しかも美鶴と同じ店舗のコンビニで働きたいと願っていることを話した。
すると、唐突に了は芳江に対して尋ねた。
「よっし~、本読むの好き?」
「えっ?…う~ん…、宮沢賢治とかなら…。」
「グッジョブ!」
「えっ?」
あっけにとられている美鶴と芳江をよそに、了はゴソゴソと図面を取り出した。中古のマンションの見取り図である。
「うちの親、大家さんやってて、古いマンション1棟くれたんだ。どうしようかと思ってたんだけど、暇そうな人たちがいて良かった。」
美鶴と芳江は相変わらずわけがわからず、顔を見合わせて首をひねった。
「つまり、図書館やろうかな~と思って。」
マンションで図書館?
(これでやっと自由になれる。)
美鶴はこの目まぐるしく過ぎた2ヶ月のことを思い出しながら、店内の清掃をしていた。まだ夏には早いのでさほど出入りの少ないアイスクリームのケースを水ぶきしていると、自動ドアから一人の女性が入って来た。その女性はまっすぐに美鶴の方へ向かって歩き、手をにぎると泣き出した。
「みつる~!」
「よっし~!どうしたの?」
赤井芳江は、大学の講義でよく席が隣になった2回生で、「どうしよう?どうしよう?」が口癖の気の小さい女性だ。いつも堂々としている美鶴の後ろを追いかけて、何かあると助けを求めるのだった。美鶴も美鶴で、そんな芳江のことを同じ年にも関わらず妹のように思っていた。
「みつるがいないからつまんない!私も大学辞める!」
芳江は鼻水をすすりながら言った。これでよく大学受験に合格出来たものだと呆れている美鶴に対し、尚も続けた。
「あたしもコンビニで働く!ね~みつる、店長に頼んでみて!ねっ!ねっ!」
(ねっ!じゃあない!)
とにかく今はバイト中だからという理由で、むりやり芳江をコンビニから追い出し、後で落ち合うことにした。場所は駅前のスターバックスで、時間は7時半。
美鶴は店長がいなくて幸いだったとため息をついた。そして、こういう時に頼れる相手は一人しか思い浮かばなかったので、2ヶ月ぶりにその携帯の番号を押した。
「でね~経済のサイトーさあ、出会い系サイトで中学生にてぇ出してねぇ、こないだテレビの取材が来てたんだよ!まじ、バカだよね~。」
芳江は見るからに甘そうな“キャラメルマキアート”をかき混ぜながら、どうでもいいことを話し続けていた。
「文学のサダコなんて、“女性に対する差別は断固許しません!”とかいって、真っ赤な顔して講義の半分くらいつぶす勢いでいきまいちゃって、コワイのなんの!」
美鶴は何か言おうとしたが、うまくまとまらずに結局口をつぐんでしまう。こういうときは無理をせず様子を伺おうと思い、濃い目のブラックコーヒーに口をつけたとき、見慣れた背の高い女性が入ってくるのが見えた。
「アキラ~!こっち、こっち!」
美鶴が大きな声で呼ぶと、了は軽く手を上げて近づいてきた。
「オス。」
了がテーブルにつくと、美鶴は同じ大学とはいえさほどお互いのことを知らない二人を、それぞれ紹介した。了は誰に対してもいつも同じ態度で接することができるが、芳江は違う。さっきとは打って変わって、もじもじしている。
美鶴は芳江に構わず、了に芳江が学校を辞めて働きたいと思っていること、しかも美鶴と同じ店舗のコンビニで働きたいと願っていることを話した。
すると、唐突に了は芳江に対して尋ねた。
「よっし~、本読むの好き?」
「えっ?…う~ん…、宮沢賢治とかなら…。」
「グッジョブ!」
「えっ?」
あっけにとられている美鶴と芳江をよそに、了はゴソゴソと図面を取り出した。中古のマンションの見取り図である。
「うちの親、大家さんやってて、古いマンション1棟くれたんだ。どうしようかと思ってたんだけど、暇そうな人たちがいて良かった。」
美鶴と芳江は相変わらずわけがわからず、顔を見合わせて首をひねった。
「つまり、図書館やろうかな~と思って。」
マンションで図書館?
更新日:2009-04-05 23:15:42