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 好きな言葉は“秩序”。高校の教頭である美鶴の父は、典型的なステレオタイプの公務員である。自分が出世することには人一倍敏感であり、そのためには家族にも自分の思い通りの道を歩むことを強要する。貞淑で家事や人付き合いの上手な妻と、良い大学を出て優良企業や官庁に勤める優秀な子供たち。美鶴はそんな絵に描いたような家族などそうそういないと思うのだが、美鶴の家族は父の言われたとおりの役割を忠実に演じていた。
 特に母は、父が右を向けと言えば一生右を向いているのではないかと思えるほど従順で、この母を見ていると結婚に対しての憧れの気持ちなど一切わいてこない。しかし、そのストレスのためなのか、自分の欲求はすべて長女である美鶴に向けられた。小さいころからやれピアノだ、お花だ、着付けだと、美鶴の興味を無視していろいろなことを習わされた。本当は本を読んだり、魚釣りをしたりしてひとりで過ごしたかったのだが、母には言えなかった。
 「お隣の若菜ちゃんたら、女の子なのに野球なんかやって男の子みたいね。お向かいの由香ちゃんも女だてらにモトクロスなんて、危ないったらないわよねぇ。美鶴は女の子らしくて本当に良かったわ。」
 私もバイクに乗りたいなどとはとても言える状況ではなく、仕方なくやりたくもない着付けやピアノを続ける毎日だった。
 そうやって我慢してきたのだが、ある日我慢の限界を超える出来事が起きた。
 「お父様のお友達がね、とても良いお話を持ってきて下さったのよ。大学病院のお医者様ですって。もちろん美鶴が大学を卒業するまで待って下さるそうですけど、こういうお話は早い方がいいでしょう?」
 (冗談じゃない!見合い?卒業して就職したらやっと少し自由になれると思ったのに、見合いだなんて絶対にするものか!)
 「お母様、いくらなんでも早すぎます。大学を卒業して、就職して、社会勉強をしてからでも結婚は決して遅くはありませんよ。」
 「何を悠長なことを言っているの!お父様の顔に泥を塗るような恥ずかしい会社に就職して、…いえそれどころか就職すら決まらなくて浪人でもして御覧なさい、お父様はどんなに立場がなくなることか!」
 (恥ずかしい会社って、何?)
 「あなたは私の言うとおりにしていればいいのです。」
 (私は高校の教頭がそれほど偉いとは思いませんけどね。)
 「来週の日曜日は予定をあけておきなさいね。」
 (い~え、遠慮しときます。)
 「はい、わかりました、お母様。」


 美鶴の行動は早かった。出来るだけ家賃の安いアパートを探し、バイト先をみつけ、大学に退学届けを出し、最低限度の荷物を持って家を出た。
 父と母に置手紙を残して。



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 お父様、お母様、長らくお世話になりました。
 私には結婚などまだ早すぎます。
 それに、自分の相手くらい自分で決めたいと思います。
 ではいつまでもお元気で。

                                              美 鶴

更新日:2009-04-05 23:13:46

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