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夏の世の悪夢

 初夏の日差しが照りつけ、じっとしていても額に汗がにじむ6月の午後。環境への配慮と経済状況を考え28度に設定しているエアコンが熱風を流し、美鶴も芳江もジュースの飲みすぎで早くも夏バテぎみだった。
「暑い~。どうにか涼しくならないかな~? 」
「怪談でもしてみる? 確か“四谷怪談”とか“番町皿屋敷”ならあったと思うし……。」
「こんな昼真っから、幽霊の話しをされても怖くも何ともないよ! 」
 そんな話しをしていたからだろうか、窓の外に怪談にでも出てきそうな髪の長い女の人が歩いている。蒼白といってもいいような血色の悪い肌で、黒い喪服のようなワンピースを着てよろよろと歩いている。
「なんかタイムリーって感じ! あの人を見ていたら涼しくなるかな? 」
「ちょっとよっしー、いくら何でも失礼だよ。」
 そうは言いながらも、美鶴も喪服の女性を見て面白がっていた。よく見ると、女性の視線の先には一人の若い青年が歩いており、青年は後ろを何度も振り返りながらだんだん図書館に近づくと、入り口を通って中に入ってきた。
「あ、あの、助けてください。ストーカーに追いかけられているので……あっ! 」
 喪服の女性はよろよろと青年に近づいて来た。青年はカウンターの中に入ると、美鶴の後ろに隠れ「たっ、たっ、助けて! 」と叫びガタガタと震えている。
 喪服の女性はゆっくりと歩を進め、カウンターの下にいる青年以外には目もくれずに真っすぐ近づいてきた。そして、感情の読み取りづらい無機質なまなざしを青年に向け、カウンターの中に入って来ようとした。
「ヒー!! ……やめてー!! ……来ないでー!! 」
 美鶴はお化け屋敷もホラー映画も平気な性質で、今まで恐怖というものを体験したことはほとんどなかったのだが、今回は違った。目の前に現れた女性には生気がなく、好意や悪意といった感情がつかめず、まるで目だけがどこまでもついてくる騙し絵のようだった。
「あっ、……あのう……か、関係者以外立ち入り禁止ですから……。」
やっとの思いで声を絞り出し女性を制しようとしたが、声がまったく届いていないかのようにどんどん近くに寄り、喪服のスカートが鼻の先に触れるほどすぐ前まで来た。
 青い静脈がくっきりと浮き出る白く細い指が、美鶴の頭の上を通り過ぎて青年の髪の毛に今まさに届こうとした瞬間、聞きなれた声がした。
「貞子、お前まだ《イケメン狩り》やってんのか? いい年なんだからもういい加減やめろよ! 」
 忍者ショーの打ち合わせのために図書館に立ち寄った真一だった。真一はつかつかと喪服の女性に近寄ると、白く細い腕を引っ張りカウンターの外へ連れ出した。女性は荒々しく真一の手を振りほどくと、「触るな、外道!! 」と言い残して図書館を出て行ってしまった。
「あいつ、俺の高校時代の同級生だったんだ。」
 突然恐怖の対象が立ち去ったことで、カウンターに残された3人は所在なさげによろよろとカウンターから這い出した。

更新日:2009-06-06 19:21:26

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