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斉藤に一通り部屋を案内し終わった美鶴に、了は出来たばかりの賃貸契約書を見せた。
≪賃貸契約書≫と書かれた書類には、当事者である賃貸人や賃借人を明記する欄から始まり部屋の広さや賃貸期間、契約者以外の入居の禁止などの禁止事項や設備の破損に関する損害賠償責任など諸々の条件が記されていて、とても今すぐ作成したとは思えない代物だった。
「すごいね、これ今作ったの?」
「こんなものが必要になるとは思っていなかったからね。父さんの会社の雛形をコピーしてちょっと手を加えるだけだから簡単だけど。」
了は事もなげに言うと、美鶴と誠一を向かいに座らせた。
「斉藤様、部屋は気に入っていただけましたか?」
誠一は自分が下出に出ると、付け込まれて損だと思っているらしく、できるだけ虚勢を張り偉そうに答えた。
「うむ、大満足とまでは行かないが、まあ妥協できる範囲だろう。契約してあげてもいいかな。」
了は面白がって、おだてるとどこまで登り詰めるか見てみることにした。
「さすがは斉藤様、気持ちが大きくていらっしゃる。では、こちらの契約書に目を通していただけますか?説明するまでもなく、斉藤様でしたら一読でご理解いただけることと存じますので、お読みいただいた後、署名と捺印をお願いいたします。」
「いいだろう。どれどれ…。」
誠一は内心、本当に全部理解できるか心配だったのだが、何となく分からないとは言えない雰囲気になってしまった。しかも、そんな気持ちなど手に取るようにわかる了にとって、誠一はもはや使いようによっては便利な人になりつつあった。
「特に疑問に思うこともないな。ここのチンカシニンはそっちだから、ぼくはチンカリニンの所にサインすればいいんだよな、うん。」
誠一はチンタイニンをチンカシニン、チンシャクニンをチンカリニンと読んだ。
「はいそうです、チンカシニンは私どもの方ですので、斉藤様はチンカリニンの方です。」
美鶴と芳江は了の対応に半ば呆れながら見ていたが、それ以上に誠一の常識のなさにも驚いた。この分だと、締結(ていけつ)、譲渡(じょうと)、瓦斯(ガス)なども恐らく読めていないに違いない。
「有難うございます。ではこちらには私が署名いたしますね。」
了はカーボン紙で複写した方を預かり、誠一が自分で書いた方を控えとして渡すと、早速家賃を請求した。誠一はおもむろに財布から紙幣を取り出すと、わざとらしく何度も7枚を数えて見せた。了も大げさに何度も数えなおすと、更に大げさに誠一に言った。
「確かに7万円ございます。お有難うございます。ささ、お部屋へご案内させていただきましょうね。」
了は荷物を持つと、上の階へ誠一を連れて行ってしまった。
「あの人本当に住まわせて大丈夫かなー?」
「多分、詐欺師の了ちゃんが何とかしてくれるよ。」
美鶴と芳江は行く先をおもんばかって、ため息を付くのだった。
≪賃貸契約書≫と書かれた書類には、当事者である賃貸人や賃借人を明記する欄から始まり部屋の広さや賃貸期間、契約者以外の入居の禁止などの禁止事項や設備の破損に関する損害賠償責任など諸々の条件が記されていて、とても今すぐ作成したとは思えない代物だった。
「すごいね、これ今作ったの?」
「こんなものが必要になるとは思っていなかったからね。父さんの会社の雛形をコピーしてちょっと手を加えるだけだから簡単だけど。」
了は事もなげに言うと、美鶴と誠一を向かいに座らせた。
「斉藤様、部屋は気に入っていただけましたか?」
誠一は自分が下出に出ると、付け込まれて損だと思っているらしく、できるだけ虚勢を張り偉そうに答えた。
「うむ、大満足とまでは行かないが、まあ妥協できる範囲だろう。契約してあげてもいいかな。」
了は面白がって、おだてるとどこまで登り詰めるか見てみることにした。
「さすがは斉藤様、気持ちが大きくていらっしゃる。では、こちらの契約書に目を通していただけますか?説明するまでもなく、斉藤様でしたら一読でご理解いただけることと存じますので、お読みいただいた後、署名と捺印をお願いいたします。」
「いいだろう。どれどれ…。」
誠一は内心、本当に全部理解できるか心配だったのだが、何となく分からないとは言えない雰囲気になってしまった。しかも、そんな気持ちなど手に取るようにわかる了にとって、誠一はもはや使いようによっては便利な人になりつつあった。
「特に疑問に思うこともないな。ここのチンカシニンはそっちだから、ぼくはチンカリニンの所にサインすればいいんだよな、うん。」
誠一はチンタイニンをチンカシニン、チンシャクニンをチンカリニンと読んだ。
「はいそうです、チンカシニンは私どもの方ですので、斉藤様はチンカリニンの方です。」
美鶴と芳江は了の対応に半ば呆れながら見ていたが、それ以上に誠一の常識のなさにも驚いた。この分だと、締結(ていけつ)、譲渡(じょうと)、瓦斯(ガス)なども恐らく読めていないに違いない。
「有難うございます。ではこちらには私が署名いたしますね。」
了はカーボン紙で複写した方を預かり、誠一が自分で書いた方を控えとして渡すと、早速家賃を請求した。誠一はおもむろに財布から紙幣を取り出すと、わざとらしく何度も7枚を数えて見せた。了も大げさに何度も数えなおすと、更に大げさに誠一に言った。
「確かに7万円ございます。お有難うございます。ささ、お部屋へご案内させていただきましょうね。」
了は荷物を持つと、上の階へ誠一を連れて行ってしまった。
「あの人本当に住まわせて大丈夫かなー?」
「多分、詐欺師の了ちゃんが何とかしてくれるよ。」
美鶴と芳江は行く先をおもんばかって、ため息を付くのだった。
更新日:2009-05-07 12:35:05