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 小太りの客は、名を“斉藤誠一”といい、今までマンガ喫茶で暮らしていた、いわゆる“ネットカフェ難民”だという。マンガ喫茶は、足を伸ばして眠ることが出来ず、荷物も最小限度しか置けないので、この図書館の広さは魅力的だということなのだが…。
 「確かにもともとマンションだから、お風呂もトイレもついてはいるよ。でも、1日3,000円として月90,000円、まあ割り引くとして70,000円もだすのなら、普通のマンションに住めばいいんじゃあない?」
 美鶴もニュースなどで存在は知ってはいたが、よもや自分の前にこういう人が現れるとは思ってもみなかった。
 「あーあれでしょう?敷金・礼金が払えないとか、保証人がいないとか。」
 芳江も意外とニュースは見る方だが、了はそうは思ってはいなかった。
 「よっしー友達にこういう人いるんじゃない?」
 「失礼ね!あたしこう見えても、ニュースとかちゃんと見てるんだから!」
 失礼なのはどっちなのか、と言いたげに誠一は反論した。
 「それでもあんた達、商売しているつもり?一応客なんだからちゃんと客扱いしてよ!
 3人は誠一に失礼な態度を謝罪し、それからはきちんと“客”として対応した。
 「失礼致しました斉藤様。改めて伺いますが、料金は月70,000円を前金で頂くということと、図書館として営業している都合上、他のお客様に迷惑を掛けないということがうちとしての条件でございますが、いかかでしょう?約束していただけますか?」
 了が低姿勢になったので、満更でもないといった様子で誠一はいった。
 「それでいいよ。もちろん、敷金・礼金はないよね?」
 芳江も丁重に答えた。
 「はい、ございません。」
 「それから、役所に住所変更をしたいんだけど、住所を教えてくれる?」
 美鶴はパンフレットを渡していった。
 「こちらに書いてありますので、ご覧下さい。ところで、部屋をご覧にならなくてよろしいですか?」
 「もちろん見るとも!」
 美鶴が各部屋を案内している間に、了はパソコンで契約書を作成した。了の父親は不動産屋を経営しているので、こういう作業は昔から得意で、すぐに立派な契約書が出来上がった。
 「いいの?本当にあの人を住まわせて。」
 芳江はそれほど不安に思っているわけではないのだが、念のため聞いてみた。
 「よっしーに給料払えるからいいの。」
 了はいつもまじめなのだが、なかなかそうは見られない。それでも、芳江と美鶴はそんな了のことをよくわかっているので、これもいい加減な気持ちで言っているのではないだろうと判断した。
 「じゃあ、みつるはタダ働きだ。」
 「そう、タダ働きだ。」
 「なんだって?」
 いつの間にか階段を降りてきた美鶴が、遠くで聞き耳を立てている。
 「なんでもないよ~!」
 「そう、なんでもない!」
 「まったく、油断もスキもないんだから。」

更新日:2009-04-21 14:49:32

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