• 10 / 31 ページ
 大輔は図書館がいたく気に入ったらしく、次の日もやってきた。
 「おれがいないと、よっしーがさびしがるからな!」
母親は大輔の頭をぱちんと叩くと、恐縮しながらも2日分の6,000円を置いて仕事に出掛けた。保育園の相場は知らないが、いくらなんでも高すぎるのではないか?いやそもそも料金を取る気などハナからないのだが、母は頑として払おうとするので、むげに断るわけにもいかない。
 「毎日利用するようだったら、新料金を設定して還元すればいいよ。」
 授業の合間に不定期で顔を出していた了がそう言うと、他の二人も納得した。なにより、3人とも子供が図書館を気に入ってくれたことがすごくうれしいのだ。
 「子供用の本も増やそうか?」
 「おれはおとなようでもよめるぞ!」
 大輔がふんぞり返るように胸を張って自慢していると、あやしい男が入ってきた。
 「あっ、ニンジャ!」
 忍者のコスプレをした男は、本棚を背にしてへばりつくと、左右をきょろきょろと見渡しながら走って、斜め向かいの本棚にへばりついた。斜め向かいの本棚でも、少しきょろきょろと見渡すと、走って更にその斜め向かいの本棚にへばりついた。
あっけに取られている大人たちをしり目に、大輔はシビアに言った。
 「ニンジャにしてはおそいぞ、こいつ。」
 子供の声が聞こえているのかどうか知らないが、コスプレ忍者は段々とこちらに近づき、少し広くなっている所まで出た。すると胸の高さで左右の人差し指と親指を立てたまま合わせてにぎり、それを高く上げるようにして「とおっ!」っとジャンプした。
 そしてそのまま消えた。…と本人は思っているようで、そのままゆっくり歩いていくと一番まん中のテーブルに巻物を置き、2~3冊本を万引きしてからゆっくりと出て行った。
 大人3人は顔を見合わせて爆笑した。美鶴など、声を押し殺しひーひー言いながら笑っている。万引きされたというのに、誰も犯人を追いかけようとはしない。
 「おい、いいのかよ、ほんもってったぞ!」
 「だ、…大丈夫だよ。た、…たぶんまた戻って来るんじゃない?」
 了がお腹をおさえながら、よろよろと巻物の方へ歩いていった。巻物は、幅20cmくらいの立派な和紙で出来ており、中には“柳生心眼流”の極意のようなものが書かれていた。
 「あいつ一応武術とかやってんのかなあ?柳生心眼流とか書いてあるよ。」
 巻物に書かれた草書体の立派な文字とは不釣合いな、忍者の怪しい動きを思い返すと、3人はまた可笑しくなってしまうのだった。
 「まったく、おとなはしょうがねーなー。」
 その珍事件でケチがついたのか、結局、その日のお客は大輔とコスプレ忍者だけだった。

更新日:2009-04-05 23:22:22

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook