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自由をもとめて

 坂田美鶴は大学を中退して、コンビニでバイトをしていた。アパートから徒歩5分のローソンで、簡単だが意外と楽しい仕事に美鶴は満足していた。
 「あの~、Loppiの使い方わかんないんですけどぉ?」
 「孫にお土産持ってくんだけど、どのシュークリームがおいしいかね?」
 「リラックマの携帯スタンドぬいぐるみ、ある?」
いろいろなことを聞かれるが、聞かれるたびにひとつずつ覚えるので、(へえ、コンビニってこんなものまで売っているのか!)という新鮮なよろこびが沸き、接客の楽しさをあらためて実感するのだった。
 小さな店舗とはいえ生活に必要なものはひととおり揃えているため、かなりの品数になる。特にタバコの種類は多く、後から入った高校生のバイトの子はずいぶん苦労していたようだが、大学受験のときに活躍した暗記術を伝授すると、たちまちすべての銘柄を区別できるようになった。こうしてみると勉強もあながち無駄ではなかったのだが…。


 大学には未練がなく、簡単に退学するつもりでいたのだが、思いのほか皆に引き止められた。成績は決して悪くはなく、出席日数も足りていたので、大学の教授陣や友人たちも、美鶴がなぜ大学を辞めたいのかわからなかったのだ。
 「大学を無事卒業しても就職出来ない奴がごまんといるのに、中退なんかしてみろ、高卒より条件が悪くなるぞ!いったいどうするつもりなんだ?…なあ、考え直せよ坂田。」
 建築学の助教授、大橋勉は美鶴には一目置いていた。本当に勉強がしたくて大学に入る学生は年々減り、教授の方が学生の人気取りに躍起になっているような昨今のキャンパスで、いつも真剣になって自分の講義を聞き、非常に興味深い内容のレポートを提出してくれる美鶴は大橋にとって大きな励みになる存在であった。個性的な発想で常に新しい分野を開拓している風祭了(あきら)とはいいコンビで、二人でまとめた「過去の欠点を補い新しい形を提案する未来型団地構想」は、1級建築士や再開発プランナーなどの大橋の研究仲間たちに絶賛された。このまま大学に残り研究を続けていけば、≪建築学科賞≫を受賞するのではと思われるほど、美鶴は期待されていた。
 「教授のいう通りよ、みつる。就職が決まらなくて、また1年残って就活しなくちゃならない先輩の数だって過去最高らしいよ!」
 「絶対残った方がいいって!死ぬまで働くのに今から苦労しなくてもいいでしょ!」
皆口々に反対の意を唱えた。ただ一人を除いて。
 「若いうちの苦労は買ってでもしろとも言うけどね。」
 美鶴と共に論文を発表した了である。さっきまでいなかったのに、いつの間にやら現れて、涼しい顔をしている。
 「い~んじゃない。一度しかない人生、好きに生きなよ。」
 結局この言葉にあとを押されて、美鶴は大学を辞めてしまった。了は美鶴にとって自由の象徴のような存在であり、憧れでもある。
 自由、それは美鶴には縁遠いことば。

更新日:2009-03-30 11:32:31

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