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リヤカーに乗った白い花。

 
 


私がまだ幼いころ。


家には、左官の仕事をしていた祖父が昔使っていたリヤカーがあった。


「荷物や道具を運ぶのに重宝してたんだぞ」

と、祖父はよく言っていた。


その頃は、もう誰もリヤカーなど使ってるのを見たこともなく
昔のもの… と、幼いながらも思っていた。



小学生になったばかりのある日、私は風邪をひいてしまい
祖母に連れられて近所の医院に行った。

診察が終わり、熱を下げる薬を処方してもらってる間
私は先に外へ出て待っていた。


医院の前の緩やかな坂を
家にあるのと同じあのリヤカーが、ゆっくりと動いてくるのが見えた。

リヤカーばかりが大きく目立っていて
それを引っ張っている人の姿が見えない感じだった。


近づいてくると、その人は、小さい体のおばあさんだとわかった。


医院の目の前まできてリヤカーを止めようとするが
僅かに傾斜がある道なので、小さいおばあさんの力では
一度で止められない。

私は咄嗟に、小学一年生の力をあるだけ振り絞って
リヤカーの前を必死に押さえた。


何とか押し止めると
私よりも少しだけ大きい… でも小さいおばあさんが

「おじょうちゃん、ありがとうね」

と、体と同じくらいの小さい声で私に言う。



私は、そのときになってやっとリヤカーの荷台を見た。


リヤカーに乗っていたのは荷物や道具なんかじゃない…

毛布に包まった、おばあさんと同じくらい小さいおじいさんだった。


私がびっくりして見ていると、おばあさんは笑いながら言う。

「しょうがないおじいさんだねぇ。 一人じゃ歩けもしないんだよ」


私は、何とも言えないほどの可哀想な気持ちになってしまって
泣きそうになった。


立ち竦む私の目の前で、おばあさんは細い腕を伸ばして
リヤカーに乗っているおじいさんを降ろそうとしている。


あ―― あぶないよ――


そう思って私も手を伸ばそうとしたとき
薬をもらった祖母が医院から出てきた。

その祖母にも手伝ってもらおうと思っている間に
どんな技を使ったのか、おじいさんはリヤカーから降りていた。


そうして二人して、ちょこちょこ歩きながら医院の中に入っていった。


おじいちゃんがリヤカーに乗ってて……
それを小さいおばあちゃんが引っ張ってきてね……


私は自分が見た光景を祖母に伝えようとしたけれど
悲しくて言葉にならない。

「本当にこの辺りはお年寄りばかりだからねぇ… 
 あれ…… どうした? そんなに真っ赤な目ぇして。 熱が出てきたか?」


祖母は私の顔を覗き込んで慌てて帰ろうとする。

私は黙って下を向いたまま、祖母の手を掴んで歩き出した。

リヤカーの荷台の後ろを見ると、小さな植木鉢が乗っていて
白くて可愛い花がいくつも咲いている。


おじいさんの隣に、ちょこんと一緒に乗っていた花だった。


可哀想でたまらなかった想いが、その花で少し和らいだ。


繋いだ祖母の手が柔らかくて暖かい。


さっき慌てて手を出したときに触れたおばあさんの手は
とても冷たかったのを思い出していた。



  

更新日:2009-03-26 12:09:39

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