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第三幕
第七場
朝靄の中、死者を弔う鐘の音が響く。
ヤヨスラを先頭に、メノワの亡骸を乗せた小さな荷車を牽く
オウルフ、乳母布にくるまれポポリに抱かれたユカラ、ポポリ
と手を繋いで歩くエオの姿が現れる。
ヤヨスラの鳴らす鐘の音が、白く煙る草原の丘に染み渡る。
一行は丘の上に辿り着き、無言のままオウルフが地面に妻を
埋葬する穴を掘り始める。
ヤヨスラ さあ、おいで。子ども達。ババがお話をしてあげ
ような。
エオ お話? でも、ユカラはまだちいちゃいから、ババさま
のお話がわからないんじゃない?
ヤヨスラ それなら、このババのお話をエオがユカラの分も
ちゃあんと憶えておいで。ユカラが大きくなったら、エオが
お話をしておあげな。いいかい?
エオ うん。わかった。
ヤヨスラ エオのマアさまはな、大地のもとに還りなさる
事になった。今、そなたのポルさまは、マアさまが大地の
精霊達のところに旅立たれる大きな穴を掘っておる。
これからはこの広い草原全てがエオのマアさまだ。わかるかな?
エオ マアは、寝てるんでしょう? 穴に入って、いなく
なっちゃうの? もうマアには会えないの?
エオが首を傾げて、荷台に横たわるメノワの亡骸を眺める。
ポポリが涙を堪えながらユカラをあやしている。
ヤヨスラ マアさまはな、この草原とわたしたちを護って
おられる、テングリのところに行くんだよ。テングリは
真っ白な姿をした女の狼だ。マアさまはユカラを産む時、
テングリとひとつ約束をした——マアさまがいなくなったら、
代わりにエオとユカラを、テングリが護ってくれるように。
この草原は、テングリの大きな力が働いておるからな。
エオとユカラはずっとおまえ達のポルさまと一緒に、この
草原で暮らすといい。
この草原が続く限り、テングリとマアさまはおまえ達と
一緒におる。おまえ達が行くところには、必ずマアさまも
おる。寂しくはないだろう?
エオ うん。僕が行くところにはいつもマアがいるんだよね?
ヤヨスラ そうだ。このババも、エオも、ユカラも、ポルも、
ポポリだっていつかはみんな、テングリのところに行くのさ。
エオ 僕もいつか、大きな穴を掘るんだね?
ヤヨスラ ああ。みんなみんな、いつか大きな穴を掘って
大地の中に還ってゆくんだ。
エオ ふ〜ん……こんなにちいちゃいユカラも?
ヤヨスラ そうだな。ユカラがババのようにしわくちゃに
なったらな。
エオ え! ユカラもババさまのようになるの? ポポリも?
しわだらけのヤヨスラの顔や手と、ユカラの小さな手を
見比べ、エオが目を丸くする。笑い出すヤヨスラ。
涙を零していたポポリも、エオの様子に泣き笑いをする。
ポポリ ええ、そうですよ。坊ちゃんもいつか、しわくちゃ
のおじいさんになりますからね。その時に、ご自分の手を
見てびっくりしないで下さいね。
エオ ねえ? 僕がしわくちゃのおじいさんでも、マアは
わかってくれるかなあ?
ヤヨスラ わかるともさ。エオはマアさまにそっくりも
そっくり、瓜ふたつだからな。
しわくちゃのじいさんばかりいても、マアさまならきっと
すぐにわかりなさるぞ。
エオ へ〜。しわくちゃのおじいさんばっかりいたら、
面白いね。
感心したように頷くエオに、一同が笑う。
オウルフが掘る穴は大きな口を開け、埋葬の支度が整う。
第七場
朝靄の中、死者を弔う鐘の音が響く。
ヤヨスラを先頭に、メノワの亡骸を乗せた小さな荷車を牽く
オウルフ、乳母布にくるまれポポリに抱かれたユカラ、ポポリ
と手を繋いで歩くエオの姿が現れる。
ヤヨスラの鳴らす鐘の音が、白く煙る草原の丘に染み渡る。
一行は丘の上に辿り着き、無言のままオウルフが地面に妻を
埋葬する穴を掘り始める。
ヤヨスラ さあ、おいで。子ども達。ババがお話をしてあげ
ような。
エオ お話? でも、ユカラはまだちいちゃいから、ババさま
のお話がわからないんじゃない?
ヤヨスラ それなら、このババのお話をエオがユカラの分も
ちゃあんと憶えておいで。ユカラが大きくなったら、エオが
お話をしておあげな。いいかい?
エオ うん。わかった。
ヤヨスラ エオのマアさまはな、大地のもとに還りなさる
事になった。今、そなたのポルさまは、マアさまが大地の
精霊達のところに旅立たれる大きな穴を掘っておる。
これからはこの広い草原全てがエオのマアさまだ。わかるかな?
エオ マアは、寝てるんでしょう? 穴に入って、いなく
なっちゃうの? もうマアには会えないの?
エオが首を傾げて、荷台に横たわるメノワの亡骸を眺める。
ポポリが涙を堪えながらユカラをあやしている。
ヤヨスラ マアさまはな、この草原とわたしたちを護って
おられる、テングリのところに行くんだよ。テングリは
真っ白な姿をした女の狼だ。マアさまはユカラを産む時、
テングリとひとつ約束をした——マアさまがいなくなったら、
代わりにエオとユカラを、テングリが護ってくれるように。
この草原は、テングリの大きな力が働いておるからな。
エオとユカラはずっとおまえ達のポルさまと一緒に、この
草原で暮らすといい。
この草原が続く限り、テングリとマアさまはおまえ達と
一緒におる。おまえ達が行くところには、必ずマアさまも
おる。寂しくはないだろう?
エオ うん。僕が行くところにはいつもマアがいるんだよね?
ヤヨスラ そうだ。このババも、エオも、ユカラも、ポルも、
ポポリだっていつかはみんな、テングリのところに行くのさ。
エオ 僕もいつか、大きな穴を掘るんだね?
ヤヨスラ ああ。みんなみんな、いつか大きな穴を掘って
大地の中に還ってゆくんだ。
エオ ふ〜ん……こんなにちいちゃいユカラも?
ヤヨスラ そうだな。ユカラがババのようにしわくちゃに
なったらな。
エオ え! ユカラもババさまのようになるの? ポポリも?
しわだらけのヤヨスラの顔や手と、ユカラの小さな手を
見比べ、エオが目を丸くする。笑い出すヤヨスラ。
涙を零していたポポリも、エオの様子に泣き笑いをする。
ポポリ ええ、そうですよ。坊ちゃんもいつか、しわくちゃ
のおじいさんになりますからね。その時に、ご自分の手を
見てびっくりしないで下さいね。
エオ ねえ? 僕がしわくちゃのおじいさんでも、マアは
わかってくれるかなあ?
ヤヨスラ わかるともさ。エオはマアさまにそっくりも
そっくり、瓜ふたつだからな。
しわくちゃのじいさんばかりいても、マアさまならきっと
すぐにわかりなさるぞ。
エオ へ〜。しわくちゃのおじいさんばっかりいたら、
面白いね。
感心したように頷くエオに、一同が笑う。
オウルフが掘る穴は大きな口を開け、埋葬の支度が整う。
更新日:2009-04-20 22:45:27