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1 ミラールーム

「井川ちゃーん、鏡、貸してー。」

そういうと、
受付兼支店長秘書兼職場の華の紅一点・井川嬢は
ちょっとイヤそうな顔で俺を見た。

「もー、鶴見さん、
姿見あっちにあるでしょーっ。」

「だってミラールーム、
島村と池畑がイチャイチャしてんだもん。」

「…やめてよ、
タダでさえ島村さんはガチだって噂なんだから。
…新人がびっくりするでしょ。」

「島村はガチだぜ。」

井川嬢は俺に鏡をかしてくれた。
足を立てて机の上に置く、
ノートの半分くらいのやつだ。

かわいいプラスチック(かなんか)の
デコレーションがまわりについていた。

「あれっ、井川ちゃん、
あたらしいやつ。
かわいいじゃない、この鏡。
黄色い花ついてるよ。なんつったっけ、
このらっぱみたいやつ。」

お世辞を言いながら覗き込む。
井川嬢は口をとがらせた。

「スイセンもしらないの?」

「しーらないっ。」

「無粋。」

「そーだよ、俺、金の亡者だもん。」

「女の子にモテないですよ。」

「あっそ。じゃ島村とでも寝るわ。」

前髪とネクタイくらいしか見えないが、
このさい仕方がなかった。

外回りに出るまえに鏡をのぞくのは、
自分を叱咤激励する
まじないみたいなものだった。
…気分的なものだ。

俺はふりむいて、佐和を手招きした。
佐和はおれが預かっている新人で、
6日前から一緒に営業にでている。

佐和は儀式よろしく鏡をのぞきこんだ。

まったく問題なしという風情で
鏡を井川嬢に返そうとしたので、
俺はポカっと佐和をぶった。

「佐和 !
ネクタイまがってる。社章ゆるんでる。
目のよこになんかついてる。
まぶたむくんでる。
やりなおし!」

タダでさえ小さい佐和はますます小さくなって、
また鏡を覗き込んだ。

少しおどおどしたようすで
身なりをなおしている。

「…お前は可愛いんだから
その可愛さを生かすんだよ。
他人に真似できないところで勝負しろ。
目クソとかつけてんじゃねーぞ。
薬局寄ってやっから目薬買え。」

「…はい。」

「おーおー、朝からコ煩いねー、ツルミくん。」

ふりかえるときれいに「毛繕い済み」の島村と、
研修時代からすっかり島村とベタベタになってる
池畑が仲良さそうに並んでくすくす笑っていた。

更新日:2009-03-21 13:48:16

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