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3.月光を浴びて舞う剣士
想定はしていたが、その後の追撃は激しいものとなった。
追っ手はクリスが『奇跡』を起こしたところは目撃したが、その説明は聞いていない。おそらく、神父が説明することはないだろう。彼らが、あれを禁じられた『魔法』と判断しているのは明らかだ。
今までに幾らかの疑念があったとしても、この一点だけでそれは消えてしまっているだろう。魔法を使う者は、教会に仇なす者として絶対的な敵対者となる。
それにしても。
つい先刻飛び降りた崖下の割れ目に身を潜め、息を整えながら思う。
「何でこんなに行く先々にいるんだ……?」
小さな呟きに、クリスが眉を寄せる。
「実は定期的に痕跡は消していたんですが……。それでも撒き切れないというのは、確かに奇妙ですね」
森の中は徐々に暗くなっている。追っ手は夜には足を休めるだろうか。それは、あまりにも楽観的な予測だ。
「……エリスは大丈夫かな」
自分のことから意識を逸らせたくて、そう呟く。
「大丈夫ですよ」
自信たっぷりに返ってくるのに、首を傾げる。
「どうして言い切れるんだ?」
その問いかけに、少年は一瞬焦りを見せた。
「あ、ええと、その、ほら『奇跡』の効果ですよ」
小さなひっかかりを感じて、首を傾げる。
「そんなものか?」
「ええ」
周囲から光が消えていく様子が、まるで自分の先を暗示しているようで、気分が暗くなる。
更に意識を逸らそうとしてふいに思い出したのは、街で自分が口にした言葉だった。
『もしも町長が解放したと言い張ったとしても、あんな女の子一人、どこへ行ったかなんて探し出すことなんてできない』
それは、この目の前の少年にも当てはまることではなかったか。
まじまじと、クリスの横顔を見つめる。
少年は、何か気がかりでもあるかのように、外の様子を伺っていた。
「……クリス」
呼ばれて見上げてくる表情は、全く邪心のかけらもないように、見える。
「お前、本当にエリスを逃がしたのか?」
問いかける声は、酷く硬い。
「何を言っているのですか、ヴァレス?」
「逃がしたというのは、お前が言ったことだ。誰もその場を見たわけじゃない。俺を連れて逃げろと言われたというのも、お前が言っただけだ。エリスが本当にそう言ったと、その証拠がどこにある?」
「ヴァレス……」
驚いたように目を見開く姿すら、もう信用ができない。
身体の中のざわめきが、一秒ごとに激しさを増していく。
「俺をここまで連れ出して、一体どうするつもりだったんだ?」
「ヴァレス、声が大き……」
少年を押し退けるようにして、崖の隙間から抜け出す。大地に足をついた瞬間、駆けだした。
「ヴァレス!」
クリスの呼ぶ声から身体を引き剥がすように、走る。
彼を捜しているあの神父たちのところにいけば、助かるような、そんな気がしたのだ。
森の中を、やみくもに走る。
進むべき方向など判らない。しかし、全く迷いは起きなかった。
暗がりの中から次々と迫ってきた木々が、ふいに途切れた。
森の中にぽっかりと広い空間が空いていた。くるぶしまでの青草と苔に覆われたその場所に、十数人の人間が集まっている。
まるで飛び出してきたヴァレスを待ち受けるかのように、全員がまっすぐにこちらを向いて。
数人、見覚えのある顔が見える。その一番後ろに、馬に乗ったあの神父がいた。
嘲るような表情で見下ろされる。
足が凍りついたかのように、動かない。
男たちの半数が手にした弓に矢をつがえている。
その、奇妙に無表情な視線がヴァレスに注がれていた。
神父の笑みが深まる。
「……撃て」
小さな呟きと共に、弦が次々に甲高い音を立てる。
瞬きすらできず、死が目前に運ばれてくるのを見つめるしかできなかった、その時。
視界一面に、黄金色の光が溢れた。
追っ手はクリスが『奇跡』を起こしたところは目撃したが、その説明は聞いていない。おそらく、神父が説明することはないだろう。彼らが、あれを禁じられた『魔法』と判断しているのは明らかだ。
今までに幾らかの疑念があったとしても、この一点だけでそれは消えてしまっているだろう。魔法を使う者は、教会に仇なす者として絶対的な敵対者となる。
それにしても。
つい先刻飛び降りた崖下の割れ目に身を潜め、息を整えながら思う。
「何でこんなに行く先々にいるんだ……?」
小さな呟きに、クリスが眉を寄せる。
「実は定期的に痕跡は消していたんですが……。それでも撒き切れないというのは、確かに奇妙ですね」
森の中は徐々に暗くなっている。追っ手は夜には足を休めるだろうか。それは、あまりにも楽観的な予測だ。
「……エリスは大丈夫かな」
自分のことから意識を逸らせたくて、そう呟く。
「大丈夫ですよ」
自信たっぷりに返ってくるのに、首を傾げる。
「どうして言い切れるんだ?」
その問いかけに、少年は一瞬焦りを見せた。
「あ、ええと、その、ほら『奇跡』の効果ですよ」
小さなひっかかりを感じて、首を傾げる。
「そんなものか?」
「ええ」
周囲から光が消えていく様子が、まるで自分の先を暗示しているようで、気分が暗くなる。
更に意識を逸らそうとしてふいに思い出したのは、街で自分が口にした言葉だった。
『もしも町長が解放したと言い張ったとしても、あんな女の子一人、どこへ行ったかなんて探し出すことなんてできない』
それは、この目の前の少年にも当てはまることではなかったか。
まじまじと、クリスの横顔を見つめる。
少年は、何か気がかりでもあるかのように、外の様子を伺っていた。
「……クリス」
呼ばれて見上げてくる表情は、全く邪心のかけらもないように、見える。
「お前、本当にエリスを逃がしたのか?」
問いかける声は、酷く硬い。
「何を言っているのですか、ヴァレス?」
「逃がしたというのは、お前が言ったことだ。誰もその場を見たわけじゃない。俺を連れて逃げろと言われたというのも、お前が言っただけだ。エリスが本当にそう言ったと、その証拠がどこにある?」
「ヴァレス……」
驚いたように目を見開く姿すら、もう信用ができない。
身体の中のざわめきが、一秒ごとに激しさを増していく。
「俺をここまで連れ出して、一体どうするつもりだったんだ?」
「ヴァレス、声が大き……」
少年を押し退けるようにして、崖の隙間から抜け出す。大地に足をついた瞬間、駆けだした。
「ヴァレス!」
クリスの呼ぶ声から身体を引き剥がすように、走る。
彼を捜しているあの神父たちのところにいけば、助かるような、そんな気がしたのだ。
森の中を、やみくもに走る。
進むべき方向など判らない。しかし、全く迷いは起きなかった。
暗がりの中から次々と迫ってきた木々が、ふいに途切れた。
森の中にぽっかりと広い空間が空いていた。くるぶしまでの青草と苔に覆われたその場所に、十数人の人間が集まっている。
まるで飛び出してきたヴァレスを待ち受けるかのように、全員がまっすぐにこちらを向いて。
数人、見覚えのある顔が見える。その一番後ろに、馬に乗ったあの神父がいた。
嘲るような表情で見下ろされる。
足が凍りついたかのように、動かない。
男たちの半数が手にした弓に矢をつがえている。
その、奇妙に無表情な視線がヴァレスに注がれていた。
神父の笑みが深まる。
「……撃て」
小さな呟きと共に、弦が次々に甲高い音を立てる。
瞬きすらできず、死が目前に運ばれてくるのを見つめるしかできなかった、その時。
視界一面に、黄金色の光が溢れた。
更新日:2009-03-14 11:27:03