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プロローグ

 潅木を飛び越えると、その先には地面がなかった。
「……ぅああああああああああっ!?」
 思わず絶叫すると、先に飛んでいたクリスが咎めるような視線を向けてくる。
 幸い、六フィートほど下に岩棚があった。転がるように着地して、暴れまわる鼓動を何とか落ち着かせる。
「静かにしてくださいよ。撒こうとしてるのに、いちいち叫ばれちゃ意味がないじゃないですか」
「うるせぇよ、坊主! 大体、崖なら崖と先に言え!」
 流石に声は潜めて罵りあう。
「坊主じゃありません。名前を知ってるんだから、名前で呼んでください」
 少年は眉を寄せて苦情をこぼした。
「そもそも道は知りませんよ。ここに来たのは初めてなんですから」
 さらりと告げられた言葉に、絶句する。
「……お前、そんな状況でよく人を連れ出したりとかしたな……?」
 怒りをぶつける気力すら、ない。
 それに対して、クリスは穏やかに笑みを見せた。
「心配はいりません。我らが神が護ってくださいます」
 敬虔な口調でそう言うと、黒いローブの裾を揺らして立ち上がった。
「さあ、早くここを離れましょう。ぐずぐずしてる時間はありません」
 歩き始める少年の背中を見ながら、苛立ちに喚きたくなる気持ちを必死に堪えた。
「……くそ坊主が!」
 だが、他にどうしようもなく、彼はしぶしぶ森の中に足を進めた。

 こんな状況に陥るなんて、二日前までは思いもしなかったのに。

更新日:2009-03-14 11:10:09

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