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Ⅷ オプション

 黄金の髪を後ろに結った若い貴婦人と、出迎えにきた家宰を乗せたリムージンが、空港を後にしようとしたとき、家宰がなにげなく車窓から飛行船の繋留塔を見上げた。塔の頂には二人の若者の姿がある。そう、東京に向かう列車の旅でずっと一緒だった若者たちだ。
 ----スコルツェニー君か?
 家宰の言葉に驚いて、シナモンも外をみると、繋留塔には確かに二人がいてこちらを見下ろしている。距離があるので顔ははっきりとは判らない。しかし常人にはない〈気〉を放っており、スコルツェニーその人であることを知るのは容易であった。
「ウルフレザー家宰、スコルツェニーたちを知っているの?」
 シナモンもまた、その若者を知っているようであった。
.
 繋留塔最上部の欄干にはもたれかかる例の二人がいた。
「スコルツェニー、君のいうとおりだったね。ボォルジア家の毒薬の調合を記した〈カンタレラの書〉はヴァチカンで保管されていた。ボルジア家の総帥ロマーニャ公爵チェザーレは、元枢機卿で、父親は教皇アレクサンデル6世----ヴァチカンに〈カンタレラの書〉があるのは、考えてみれば当然のことだった----」
 ミューラーは頬に傷のある友人を誇らしげにみやって続けた。
「……それにしても劉真栄将軍は馬鹿だったね。上海の親日政権から、国民党の蒋介石に寝返ろうとしていた。そして日本陸軍ばかりかわれらの動向まで探ろうとまでしていた。ハウスホーファー教授のおっしゃっていた通りだった。教授を通して、〈あの方〉が暗殺を指示なされるのは必定といえるね----」
「……」
「スコルツェニー、えっ、泣いているの?」
「ミューラー、僕が泣くのは意外かい? 尊敬していたんだ、エドガー博士のことをね。任務でなければ、博士が望むままに〈カンタレラの書〉を渡したりはしなかった----」
 このとき、繋留塔から離れた下のところから係員の声がした。
「こらーっ、誰だ、勝手に登っているのは。----おりてきなさい」
 係員が憤然として繋留塔のてっぺんに登ってみると、二人の姿はなく、かわりに、百合の花束がそこに置かれているのをみつけた。
 ----どうなってんだ、いったい。
 係員は首を何度もかしげて花束に手を伸ばすのだった。

(稿了)

更新日:2009-12-19 16:25:37

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