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最初で最後の好き

歩き続けること1時間、どこをどう歩いていたのか・・私の背後からゆっくりついてくる1台の車、
何度も何度もクラクションを鳴らす、「止めて」ずっとついてくる、クラクションが民家に鳴り響く、無視できなかった、自分自身の弱さを責めながら車に乗る、座ると、すぐに彼の口が開いた、真顔だ「俺こんなこと言ったことないしこの先絶対言わないから、俺ほんとお前好きだよ。」はじめてみる彼の真剣な眼差しに、えっこんな言葉で言いくるめられちゃうの?マジ?やられたー、でも普通に「好き」くらい誰にでもいえるじゃん、そう思いながらも私は彼の胸に顔をうずめた、しかしこの言葉が本当に最初で最後になるなんて、夢にも思わなかった、今でも鮮明に覚えてる彼のきれいで透き通るような目、少しハスキーな声、本当だったんだね、あの言葉、一生忘れない。「大好きだよ森山君」。 さきとはこの日で終わりになったらしい。私は中絶するため、彼の兄紀夫が運転する車で森山君の母と4人で病院に向かった、まだ見ぬお腹の子に何度も「ごめんね」と言いながら手術室に入った、麻酔が効かずかなり痛い手術となった、当たり前だ罰があたったのだ、彼を思い耐えた、術後外に出ると車は無く、痛みに耐えながら門の横でお腹をさすりながら車を、彼らを待った、待つこと20分森山君の笑顔が見えた、ホッとした、涙が溢れた・彼が少し困ったように言った「何泣いとるだ馬鹿か」心無い言葉で笑い飛ばされた!母が「パチンコで勝ったんだよ、運がいいわぁ何か食べに行こう」、「私お腹痛いし今は食べられません」、「困るよう、こんなに痩せて向こうの親が見たら心配するでしょう、何でもいいから食べなさい」って彼も紀夫もうなずくだけ、こいつらみんな鬼か?地獄へ落ちろ、心で叫んだ、結局喫茶店にお腹を押さえながら、サンドイッチを一口、家に戻り夕方からお店に出たのであった、私は身も心もボロボロだった、しかし今思えば惚れているとどんな困難も成しえるのだとつくづく思うのです。いくつかの困難を乗り越え、何ヶ月かが過ぎ、昼近く目覚めると突然、父がいなくなっていた、荷物もそっくり無くなっていたのだ、その日から父は家に帰ってくることはなかった、のちにわかったのだが逃げた母の男を脅迫し大金を手に入れたらしい、なるほど父ならやりかねない、その日暮らしがお似合いのような人だったから、私たちはこれを機に2Kから2DKの籍には入っていないが、新婚生活もどきをスタートさせた、2Kと2DK、あまり代わり映えはしないが充実していた、彼の暴力さえなければ・・・・・。

更新日:2009-03-12 11:25:17

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激動人生「生と死」・・・・・幸せになるまで