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辛い介護

病院 ・ 仕事場 ・ 和樹の家 ・ 私の家 ・車がなかった私は、朝早く、和樹を会社まで送り、介護を、こなしていたが、とりあえず車を買わないと、自分がいろんな意味で大変な事になると思った。 和樹も 心配していた 「 悪いな 毎日! 俺の通帳から お金だして 車買え! 」 ・・・「うん」 甘えるしかなかった、が 、実際、和樹の通帳も、和樹の生活費も、私が管理しているのだから、 現在 貯金がいくらあり、毎月の支払いがどれだけあるのか、和樹はまったく知らないくせに、「 そういうこと簡単に言っちゃうんだよなぁ 」、反対に即金で車が買えるほど私が貯めていると思っていたのか? この頃、まぁ そこそこ お金には困っては いなかったが、何にもお金の事知らないくせに、和樹は いつでもそうだった、「 今月支払いがあってきついなぁ 」とつぶやいたりすると、間違いなく 彼は 「 無いなら 通帳から全部出して 使っちゃえ、ドンドン使えばいいだぞ、何とかなるんだからな 」 お前がいつ、何をどうやって、やりくりしてきたんだよ、と 腹が立つことが 何十回もあった。だが こんないい加減な言葉も、たまには私を勇気付けてくれていたのだが、 全くわかっていないよ、和樹は 。 とりあえず、車を中古で買った、もっとゆっくり、 いろんな車を 比べながら、 買いたかったなぁ、仕方ないが・・ 私の 幸せな生活は 一変した。 病院に 行くと すぐに 洗濯してきた物と 、使用済みの、オムツを整理し、オムツを取替え、このとき 大 のほうが、そのまま 何枚か つくねてあると、又 大変 。 トイレに行って汚れをとり、洗い場で簡単にゆすぎ、家まで持って行き 、オムツはオムツだけで洗濯するのだ。 一日何回洗濯機を 回すことか 。 パジャマに着替えさせようと していると、看護婦さんが 「 やりますからね 」 と言ってくれてるのに 、というか、それが仕事なのに 父は 「 いいからコイツがやるから、いいからね 」 はぁ? 昔から他人には、良い格好しいで、変わってないよ。 最悪な事は いっぱい あった 「 おい、さき、和樹は 今日は来るのか? 」 和樹の元彼女の名前、 父の中の記憶では、私ではなく、サキ の思い出しかなんだ、あんなに苦労し、食べさせていたのに、私が居なかったら、今頃あんたたち 刑務所だよ! 仕方ないが。 何度も、悔し涙を流した、和樹の前でも、わたしと サキ と間違える、その都度、 和樹は 父に言ってくれた 「 誰だそれは ナナミだぞ 、ナナミ って 言ってみろナナミって。 お前間違えるなよ、そんな名前のやつなんかおらんから! 」 和樹に 守られている感じがした。しかし父は、和樹が居ないと、私に 冷たく、八つ当たりしてくるのだ、看護婦さんも察してくれ、和樹に助言してくれたり、私をかばってくれたりしてくれた。 3ヶ月後、いつまでもこの病院には居られず、リハビリを主体にする病院に、転院することになった。 一枚の請求額・・途方にくれた。

更新日:2009-03-28 11:05:26

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激動人生「生と死」・・・・・幸せになるまで