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間の悪い出張

和樹は この事件があってから、穏やかというか、おとなしくなり、しばらくは手をあげることもなく、私たちは、友一の事に触れることもなかった。 あの修羅場のあと 私は考えていた 二人を目の当たりにして何か変だと感じていた、 堂々としていた友一に比べおどおどする和樹、 悪いことをしているのは、私と友一なのに、あまりにも 和樹が惨めで哀れに思えた、私は友一を遠ざけていた 、愛していたが 和樹の弱さに 同情してか、友一を 忘れようと頑張っていた、これは 和樹への 同情? 何をさげすんだ目でみてるの? いい気になってる 自分自身が嫌いだった 、だが、昔のように、普段と変わらない生活をすることが、そうすることが これからの 私たち家族の幸せになると 思い上がっていたのである。 そんなある日 和樹の 会社から出張命令、和樹が九州へ行くことになった、 それも2日後に行ってくれとのこと あまりにも急な事で我が家はバタバタしていた、 期間は2ヶ月~3ヶ月どのくらいかかるか 仕事の出来次第という、こんな時に出張って、寂しくて仕方なかった、子供たちも きっと悲しむだろうなぁ、 でも 殴られたり、毎日玄関の戸が開き、すかさず 和樹の顔色を伺わなくて言いなんて ちょっぴり嬉しかった、 ごめんね! 私は一日中、荷造りと支度に追われた、 和樹の一週間分のパンツに、私と子供の名前をパッチワークしたり、手紙を書いたり、御守りを作ったり、 和樹の為に何かするって、楽しかった、久しぶりに充実していた・・・・・出張当日、少しやつれ気味の 和樹は さっそうと出かけていった。 私は毎日、和樹の仕事が終わるころに、出張先の宿に電話した、和樹は「 周りに、体裁悪いから電話はするな 」って、確かに30人体制で、出張に行っているようで、和樹と立場を変えると私もいやだろうなと思った、 でも電話した、 そのうち宿のおばさんも、「 心配ないから、電話代もかかるから 」 って 電話は諦めて、次の日から手紙を毎日送ったのだ、私は二人の仲を修復するために、必死だったのだ、しかしこんな私の行動も、全て無駄だったと気づいたのは、それから3ヶ月後、和樹が出張から帰ってきて、たくさんの荷物を整理しているときだった・・・・・コンビニかなんかの ビニール袋から、封を開けてない手紙が山ほど出てきたのだ、 私の手紙だ 最低・・・・自分なりに反省して、努力してきたつもりだったのに、彼、曰く 「 何人も同じ部屋で寝泊りしてるのに自分だけ手紙なんて読めるか 。 」 和樹の言い分はわかったが、それにしても、悲しかった。 やはり 和樹にはついていけないのかも、 価値観の違いだと確認した 。

更新日:2009-03-17 12:00:41

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激動人生「生と死」・・・・・幸せになるまで