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 一ノ瀬の家は一戸建てで、彼の部屋は2階にあると言った。
「うち、共働きだからさ、今誰もいない」
 階段を上がりながら一ノ瀬が言った。
「そうなんだ」と私。誰も、いないんだ……。ちよっと、どきどきしたりして……。
 2階には2部屋があり、そのうちの1部屋のドアを一ノ瀬が開けた。
 6畳ほどの洋間には、勉強机やベッドなどの他に結構大きな本棚が2つあった。更に床にも本が積まれている。
「え?一ノ瀬って、こんなに本持ってたの?」
「うん、まぁ……」
 本棚に並んでいるのは、私が全く読んだことがない本ばかりだった。
「俺さ、ミステリとかホラーとか、どっちかというと、そういう系が好きなんだよ」
「え?」
私が読む本といえば、恋愛物とか、ファンタジーとか、そういうのが多かった。
 全然系統が違うじゃん!
「今読んでる本も、そっち系なの?」
「まぁ、そんな感じ……」
「小峰さんも、そういうの好きなんだ?」
「そうらしい……」
「そうなんだ。だったら買うよね。わかった」
 好きな本読んで、2人で盛り上がればいいじゃん。
「私帰るね」
 そう言って、私が帰ろうとすると
「あー!違うんだよ!」
一ノ瀬が言った。
「違うって、何が!」
気を張ってないと、涙がこぼれ落ちそうになる。
「系統とか、そういうの、関係ないんだよ。俺はただ、岩崎の好きな本が読みたかっただけなんだよ!」
「は?」
意味がわからない。
「極端な話、岩崎が絵本とか童話とか読んでても借りてた」
「え?そんなの読んでも楽しくないでしょうよ!」
「楽しいよ。岩崎、こういうの好きなんだな、とか、あと、この本、岩崎が触ったんだよな、とか……」
「え?さ、触ったって……。え?」
 私は混乱してしまう。
「ほらー、そういう反応するだろうな、と思ったから、言わなかったんだよ」
 一ノ瀬は顔が真っ赤になっている。
「こ、小峰さんが触った本は読みたくないの?」
「……それは別に……。そもそも小峰さんがおもしろいって言ってたよ、って、大樹から聞いただけだし。あいつもミステリとか好きだからさ」
「だったら、最初っからそう言ってよ!紛らわしいな!」
「え?だって、大樹はまだその本買ってないから読んでないし。だから大樹がーとは言えないっていうか……。でも、そこ、そんなに大事?」
「大事だよ!だって、小峰さんがおもしろいって言ったから買った、なんて聞かされたら、よっぽど小峰さんのこと好きなんだな、って思うじゃん!」
「小峰さんのことは、別に、どうとも思ってないよ、だって俺が好きなのは岩崎なんだからさ」
 一ノ瀬が、一瞬言ってしまった、という顔をした。え?私の事が好き?
 そ、そうなの?
「私も一ノ瀬が好き!」
私も思わず言ってしまった。
「え?ほんとに?」
一ノ瀬が驚いた顔をしている。
「うん……」私は頷いた。
「そうなんだ……」
 一ノ瀬は、うれしそうな照れくさそうな、なんともいえない顔をした。
 そして
「じゃあ、あの、俺と付き合って下さい……」と言ってくれた。
「はい……」私は返事をした。
 告白されるときって、なんかこう、もっとロマンチックなのを想像していた。
 でも、全然違った。
 本がいっぱいある部屋で、二人向かい合って突っ立って、うつむいて……。
 でも、なんか、自分達らしい感じがした。こういうのも、いいよね?
 
「あのさ」
 私は言った。
「え?」
「私にも何か貸してよ、一ノ瀬の本」
「あー……。どういうのがいいかな。やっぱり、さわやか系がいいよね?そんなのあったかな……」
 一ノ瀬が、本棚の本をいろいろ物色している。そして
「これなら、そんなに怖くなくて、岩崎でも楽しめる、かなぁ……」
と1冊の本を手渡してくれた。
「ありがと。じゃあ、これ借りるね」
「うん」

更新日:2023-09-03 01:46:01

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買うのか借りるのか?私にとって、その違いは大きい。