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そんな僕らは

広がる岩石砂漠の中、サン・ベリーはオアシスの街だ。

鉄条網の内には、旧世界の名残をも見せる石畳の街並み…大都市と違い、比較的被害の少なかった地域である。

この街の人々は、今、岐路に立たされている。


そのサン・ベリーへ、1台の車両が近づいていた。履帯式装甲車だ。アンデッドに遭遇した場合の脱出手段として開発されたもので、今では大抵の居住地に装備されている。

ただし、今、サン・ベリーに向かっているのは、避難民ではない。それが証拠に、その車両は各街に配備されている物の…つまり、可載人数が数十人単位の物の、三分の一程度の大きさだ。

装甲車は、サン・ベリーの門…鉄条網が開け放たれた部分に停車する。村長始め、住民たちの殆どが固唾を呑んでそれを見守った。

待ち侘びた者らの到来だった。


装甲車のシャッターが開く。

まず、降りて来たのは、長身の男だった。ぴったりとした黒いスーツは、この大陸での一大発明…アンデッドの牙も爪も通さない、強靭且つ柔軟な素材「ディフェンダー」製であると、見てすぐに解る。何故なら、彼の動きに対し、スーツに皺が寄る事が一切ないからだ。そのスーツの腕と脚には、赤い線が2本ずつ施されている。その背に負った剣は、彼の座高より長く、広い肩の半分ほどの幅。その重量は、彼の動きからは感じられない。鳥の羽のように広がった朱い髪に、人々は安堵とも感嘆ともつかぬ声を上げた。

剣士が装甲車に手を掛けると、今度は少年が降りて来る。油の滲みたツナギを着込んだ少年は、剣士の肩程度の身長で、酷く痩せている…が、大きな工具箱を軽々と小脇に抱えているところを見ると、腕力はありそうだ。ハリネズミのように逆立った髪は、意図的にそうしている訳でなく、機械油と機器の稼動風で固まってしまったものだ。ふと、生意気そうな眼を人々に向けた少年に、娘たちが溜息を吐いた。激しく整った顔立ちだ。

少年が工具箱を地面に置き…少々待ってから、3人目が出て来た。エナメルのシャツに革のパンツ、しっかりと撫で付けた髪は左の額から顔に掛かっている。これは、明らかに洒落を気取った装いだ。3人の内、一番がっしりとした印象ではあるが、決して厳ついという訳でもなく…空手で降りて来たので、何者かも判らない。鼻下を押さえてから剣士に照れ笑いを送ったところを見ると、寝起きなのだろう。

そして、そのすぐ後から降りて来たのは…少女、だろうか。癖のある金髪を短く刈り込んでいるが、柔和な顔立ちは、幼さを十二分に残している。華奢な体は、夜中でも目立ちそうな黄色のシェルコートの内…少女はすぐに背を向けると、シャッターを下ろした。

これが、来訪者の全てか。互いに顔を見合って頷き…剣士が、街の中へと踏み入れた。待ち受けた人々へと歩み寄った彼は、身形に似合わぬ温和な笑みを浮かべて言った。

「ご指名、ありがとうございます。自分は【ソウル・リベレーターズ】のリーダーを務める、グレン=カイザーです!数日間、よろしくお願いします」

…何やらホストめいた挨拶だが、差し出された大きな手を、村長はしっかりと握る。

「おぉ…!お待ちしておりました。お早いお着き、感謝します」

住民たちがワッと湧いた。まるで、敵軍の包囲から解放されたかのように…村長は続ける。

「あのカイザー殿が、私どもの街の防衛を引き受けてくださるなど…夢のような話です」

途端、グレンの笑顔がひび割れた。そして…

「あ〜…すみません…」

唐突に、頭を下げる。暫時、街に静寂が流れる…向うで、ツナギの少年が笑い出したのが、村長には見えた。

「…カイザー殿?何を…」
「あの…大っ変申し訳ないんですけど、皆さんがお呼びになりたかったのは…【レッド・ウィング】のディアス=カイザー…ではないかと…」
「…は?」

グレンの告白に、住民たちの頭が冷える。考えてみれば、あのカイザーがアンデッド・バスターとして勇名を馳せてより早20年…今ここにいるカイザーは、精々が20歳前後にしか見えない。あまりにも噂通りの姿に、失念していたが…

「あの…間違いであれば、取り消していただいても…と言っても、俺もちょっと、親父が今ドコにいるかまでは把握してないんで、何とも…なんですけど…」
「おや…?」

なるほど、親子であれば容貌が似ていても仕方はない。暫し悩んだ上で、村長は答えた。

「いや…グレン殿にお任せしよう。こちらも、後がないものですからな」

そう、ディアス=カイザーを待つだけの時間は、もう残されていない。頼れる者に頼る他、道はないのだ…たとえ、それが駆け出しの若者たちであっても。

「わかりました。精一杯、頑張らせてもらいます!」

交渉成立…再度しっかりと交わされた握手に、待たされていたソウル・リベレーターズの面々は、やっと街へ踏み入れた。

更新日:2023-05-20 17:16:09

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