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最終回〜想いにつける名前〜

 落下する感覚が、いつまでも終わらなかった。
 永遠とも思えるほどの長い時間の後にようやく地面らしきものに触れて、俺は勢いよく叩きつけられた。

「痛っつぅ……」

 体をさすりながら起き上がり周囲を見回すと、そこはさっきまでのマンションの一室ではなかった。
 地平線の彼方まで続く白い荒野の平原、空は真っ暗なのに、それなのに周囲は明るい。
 なんだコレは?
 黒い空を見渡すと、真っ白に輝く太陽と、そして……
 ……青い海と白い雲を纏わせた地球が浮いていた。

「ここは……まさか、月面…?」

 黒い空は空気を介さない宇宙そのものの姿で、足元の砂は前人未踏の月の砂──

「ようこそ、品田拓海…♪」

 愉悦に満ちた女の声が、俺の名を呼んだ。振り返るとそこには、いつか見た悪夢と同じ姿の、アニマーンが立っていた。

「お前……なんでここに!?」

 俺の言葉に、彼女はくすりと笑う。

「お前にはまだわからないか? 私はお前の願いから生まれたんだぞ。だからお前が一番行きたい場所に、私も行けるのさ」

 そう言って微笑む彼女の顔には、見覚えがあった。

 それは……ゆいの顔だった。

「……ゆい、なのか……?」
「ふふふ……拓海は優しいね……こんなになっても、私を受け入れてくれるんだもん……」

 無意識に右手が宙を彷徨った。ハッとして横を見たが、そこにあったのは何もない光景。

 俺の横に居たはずのゆいが、居ない。今更そのことに気がついた。

「嘘だろ……どうして……ッ!?」
「拓海……」

 アニマーンが、ゆいの姿で、ゆいの声で、俺に語りかけてくる。

「大丈夫だよ……私はどこにだって居るよ……あなたが望めば、いつでもあなたの側に居るよ……ほら……こうやって……!」
「やめろぉおッ!?」

 彼女の声が迫り、俺は慌てて両耳を手で塞ぎながら背後へ退いた。

「ゆいを騙るな、アニマーン!!」

 叫びながら、俺は自分の愚かさを呪った。
 そうだ、こいつは、アニマーンは、俺の願望から生み出されたんだ。なら俺にとって一番都合の良いように振る舞うに決まっているじゃないか!

「違う! お前は偽物だ! 俺が生み出した幻想だ! 本当のゆいを返せ!」
「本当のゆいって……拓海ってば、何を言ってるの? あたしはちゃんとここにいるじゃん」

 ゆいが──いや違う、こいつはアニマーンだ。そうだと分かっているのに、ゆいそのままのあの笑顔を、俺に向けた。

「あ……」

 その瞬間、俺は悟ってしまった。抗うことはできない。
 これは幻だとわかっているのに……その笑みに心を奪われてしまった。

「ねぇ、拓海。これ学校帰りに買ってきたんだ。一緒に食べよ♪」

 いつの間にか、彼女が手にしていた紙袋から取り出した丸い焼き菓子が、二つ、俺に差し出された。

「え……」
「拓海って甘いもの好きでしょ? だから、拓海の好きな味のを買ってきたんだよ。はい、どーぞ!」
「あ、ああ……」

 俺は言われるままに、そのお菓子を受け取った。
 そして一つを口に運ぼうとした、その時──

 ──光の刃が、俺に迫っていた。

「ッ!?」

 直前に感じ取った殺気と、そして視界の端に捉えた光に俺は反射的に目の前のゆいを突き飛ばして、自分自身も背後へ飛び退った。
 直後、先ほどまで俺たちがいた場所を光が横切って行った。それはまるで、俺とゆいの仲を引き裂かんとするかのように。
 俺の手と、ゆいの手から、丸い焼き菓子が取り落とされ、地面に落ちる。
 咄嗟にそれを拾おうとしたゆいに、俺は「逃げろ!」と叫びながら、刃が放た方向へ向き直った。

「……!」

 そこに、彼女がいた。
 銀色の髪と、薄紫に彩られた戦闘衣装に身を包んだ、月光の戦士。

 キュアムーンライト……月影ゆりが変身したプリキュアが、俺を険しい目で睨んでいた。

「ゆりさん、どうしてこんなことを!? 俺たちは、あなたを──」
「その女から離れなさい!」
「!?」

 ゆりさんは、俺の言葉に聞く耳を持たなかった。それどころか、激しい敵意と殺意を込めて俺を……違う、ゆいを見つめている。
 ムーンライトが大地を蹴り、その姿が残像を引いて揺らめいた。
 狙いは、ゆいか!?
 思考を意識する前に俺も体が動いていた。さっきとは逆に、ゆいに飛びついて大きく横へ転がる。
 コンマ数秒の差で、俺とゆいのすぐそばをキュアムーンライトの長い脚が、鋭い長剣のように空間を切り裂いた。
 躊躇いが一切ない、本気の攻撃だった。

「拓海っ!?」
「いいから逃げるんだ!」

 立ち上がろうとするゆいを再び突き飛ばすようにして遠ざけると、俺は立ち上がった。

「ゆりさん、正気に戻れ、目を覚ますんだ、ゆりッ!」
「それはこちらのセリフよ。あなたはお父さんなんでしょう!?」
「俺は君の父親じゃない!」
「まだ寝言を!」

更新日:2023-05-09 12:34:20

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ゆり拓ゆい(某掲示板への投稿SS)