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 もう少しだけ啄木が洞窟に籠るように成った経緯を説明しよう。彼は生粋の戦闘狂と同時に極度の善人でも在った。傷付けられた人間を見ると直ぐに駆け寄って其の鍛え上げた肉体と磨かれた『啄木鳥流』を以って義を為してゆく。其れに依り、当初は其の義理に酔って人々の名声を欲した。だが、行使すればする程……其れに見合う強さに成れば成程、困る人間の数も災いも悪さをする人間の割合も増加する。自ら暴力機械に成って迄人々の為に振るった力が災いを齎す事だと思うように成った彼はとうとう其れに耐え切れずに五十代の頃に世俗を離れる事に成った。全ては人々の為を想って!

「久方振りじゃ、俗世の光を浴びるのは……」三十年の時というのは老人の名を忘却に追いやるには十分過ぎる上に陽光はやや拒み気味に迎え入れる程。

 洞窟を出る目的は何か? 其れは若い頃に様々な道場破りをしながら独自の拳法体系を編み出して出来た我流武門『啄木鳥流』、其れを誰かに伝承しようという物……「虫が良過ぎるのも百も承知じゃ。若い頃のわしなら今のわしを愚弄するのは火を見るよりも明らか。じゃが、此の侭朽ち果てさせる事が今に成って過ちだと気付く。其れを報せたのが不幸にも衰えてゆく肉体というのも皮肉じゃ。嘗てのわしからすれば想像も付かんのう」斯くして洞窟正門を後にした啄木。

 其れでも、洞窟より外に通じる道は険しい。足腰に堪える森の道、川の道、そして山道に似るような崖道。他には洞窟裏門に通じる道も存在するが其れは二つしかなく一つは啄木鳥流奥義習得の為に利用した修験道、もう一つは……後々語られるで在ろう。

 さて、正門外の説明に戻る。三十年という年月が齎す物は体力を浪費するには十分だろう。其れでも八十年鍛え上げた肉体は此の程度で悲鳴を上げる程でもない。老人は直ぐに人の分岐点に出て三つに分かれた道のどれかを最初に進む事を決意してゆく。

 本編に続く……

更新日:2023-05-25 05:36:16

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