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功夫編

 此れはどの王朝の時代だったか? 其れを確認する術はないかな。だが、中世より少し前の時代だったのは確かだ。そして拳を極める武器を扱い出す時代とも呼べるか? 其処では一体何の為に戦い、何を極めるのかを考える時代。戦う意味に楽を求め、戦う意味さえも持たない人々が溢れ出し始めると何時しか拳を武器にする事もどんな意味が在るのかわからなく成る物。

 さて、俗世に位置する洞窟。内部は至る所に氷柱が目立つ。其の奥深くに在る滝で修業を積む老人が一人。名を『啄木(チュアン モウ)』と呼ぶか。年齢は八十、百五十の身長に体重四十四の小兵に当たる体格。だが、拳に秘めたる物は見掛けだけでは気付かぬ程。滝浴びした後、前に出て踵を返すと降り注ぐ滝に向かって右拳を静かに突き出す。すると落ちて来る滝はまるで道を譲るかのように暫く分け隔てるではないか。一体何をしたか? 其れこそが啄木の流派『啄木鳥流活人拳』の技に在り。彼は滝から離れると地面に右震脚を放ち、一斉に氷柱を落とす。其れを華麗な足捌きで躱しながら次々と拳脚で氷柱を粉砕してゆく。最後に残った地面に突き刺さる全長五十メートルにも上る巨大氷柱の中央に向けて右拳を勢いとは反比例するように静かに触れて叩き込む……一分経過。

「駄目じゃな、五年懸けても此の氷柱だけは壊れん。わしの成長も此処迄のようじゃな。否、わし自身は既に成長を止めてしまったか? どの道、決断の時が来たか。頑なに我流で編み出した此の啄木鳥流活人拳を錆びさせまいと若い頃は息巻いておったが、もうつまらん意地を取るのも止める時じゃな。では外に出ようか」

 啄木は洞窟に籠って三十年、嘗ては大陸全土を震撼させた名の知れる拳法家。だが、若い頃は隆盛を極めた肉体も衰えが目立ち始めると其の考えを改め始め、遂に老人は洞窟の外に出る決意を実行に移す……

 功夫編

 『裏切』

更新日:2023-05-25 05:33:39

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