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真・魔道真子6『名前と字(あざな)』

挿絵 800*768

次の日、藍曦臣は寒室で書簡を改めて内務に
勤めており、久しぶりに外出はしていなかった。
昼前である巳の刻に起きた零夢は熱は下がった
と言い張るも藍曦臣に食事と薬を勧められ、
心配させぬようにしっかりと摂って身支度を
済ませた。
まだ休んでいても良いと言われたが既に
何とも無いと床榻に腰掛けて高麗笛を吹いてみせる。

「これは見事な腕前だ…
 魏公子に習ったのかい?」

「うん」

「では私の清心音と合わせてみようか」

「いいの?」

「そこまで急ぐほど忙しくは無いよ」

そう言うと書簡を置いて零夢の前へと歩み出て
裂氷をくるりと回して構えた。
藍曦臣の奏で始めた清心音に息を整えて重ねていく。
高く深みのある高麗笛と
渋みのある洞簫の音が響き渡った。

(まさか笛同士で零夢と合わせる日が来るとはな…)

零夢の清涼な音色に乗せられた霊力は
藍曦臣の日々の疲れを癒していくようだった。

曲を終えて目が合い、互いに微笑みを交わす。

「いい笛だ…名前は決めたのか?」

「ウン、…『龍華(ロンファ)』、…にしたよ」

「『龍華』…」

(零夢はその花の意味を知っているのだろうか。
 …否、きっと深くは知るまい。)

おそらく最初にこれも縁と思って渡した
竜胆の玉佩を気に入ってくれたからなのだろう。

「竜胆、静室にも咲いてるよね
 寒室にもあるから、きっと曦臣も好きなんだ
 と思って」

零夢は玉佩を下げた笛を両手に掲げて首を傾げて
無邪気に微笑む。

そう、彼はその意味など理解してはいない。
静室と寒室だけに咲く花。
かつて藍曦臣と藍忘機の父と母が離れても互いを
想った唯一の花を、大切な遺物として密かに
継いでいたつもりであった。

だがこうして意図せずとも掬い上げてくれる存在に
何故かとても温かいものが甦える思いだった。

「…曦臣…?」

瞳を潤ませて此方の頬を撫でる藍曦臣に戸惑う零夢。

「ありがとう、…とてもいい名だ」

「え…ぅ、うん?、そか…うん、良かった!」

藍曦臣の笑顔にようやく安心して照れながら
龍華を胸元に握った。

(そういえば…名前…で思い出した…!)
昨日の一件でひと度綺麗に忘れていた記憶が
零夢に蘇った。ウサギの世話中に魏無羨が
提案した字付けの件である。

「あ、あのさ…」

「ん?…どうした?」

いざ言い出すとなるとやはり自分からはさしもの
言い出し難いことこの上ない。

「えっと……」

(そもそも僕の字を考えて欲しいなんて…
 自分から何て言いだせばいいんだ!?
 もしかしてこういうのってちゃんとした
 頼み方とかあるのかな!?)

不思議そうに顔を見つめて待ってくれている
藍曦臣にも申し訳無さが勝って徐々に
恥ずかしくなり、普段から生気すら感じられ
無いほど白い頬がじわじわと赤く染まる。

「うん?…もしやまだ具合でも悪いのでは?」

頬を染めて固まってしまった零夢を気遣って
藍曦臣は額に手を当てる。

「そ…じゃなくて…」
気遣ってくれる額の大きな手を両手でそっと
剥がしなんと伝えたものかとそのまま迷いながら
無意識に にぎにぎと相手の指を握る。

「一体どうした…?」

何かを考え過ぎて小さな両手で自分の指を
握る姿が妙に愛らしいと感じた藍曦臣は
ふふっと笑みを溢してされるがままに観察する。

その時、
コンコンと戸を叩く音がした。
「沢蕪君、俺だ。」

「おや、魏公子か、どうぞ」

声だけでそう返答すると戸が開く。

「こんにちは。っと…
 なんだ?手なんか握って…相思相愛だなぁ〜」

「わ!これは…!違…!」
魏無羨に揶揄われて我に返った零夢はぱっと手を
離した。
へへーとニヤつく魏無羨の後ろには藍忘機も居た。

「忘機もいらっしゃい。
 零夢の見舞いに来てくれたのか?」

「兄上」
いつものように拱手をする。

「ああ。藍湛はついでに明日の世家合同夜狩の
 打ち合わせだとさ」

「ふむ…すまない。私から連絡するつもりでいたが
 出遅れたな。」

「問題ありません」

「零夢、調子はどうだ?
 うん…顔色はもう悪くなさそうだな」

「もう平気、お二人のおかげだ。感謝します」

零夢も立ち上がり、含光君と魏無羨に拱手する。

「そうか…回復したならばそれで良い」
「そうだぞ、気にするな」

頷く藍忘機も表情こそ変わらないがどこか
安心して見えた。

更新日:2023-03-26 02:32:52

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