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Chaos in the Soul
『大変動』――それは、世界を覆す大災害であった。それにより、人類の9割が死に絶えたという…それを、人は神の裁きと呼んだ。それでも、しかし、その後の世界でも人間は細々と生き続けた。失われたのは…文明と呼ばれるもの。
人間は、神話から文明を築き直さねばならなかった。二百年を経て尚、そこには幻想が息衝いており、多くの神々の中でも旧世界の遺物たる宗教は根強く人を支配する。こうして、歴史は遣り直される、それが『大変動』の意味なのだと、誰もが思い、そしてそれすらも忘れられた…それ程の時が過ぎての出来事だった。
例年にない大洪水の後、突如として現れた巨大な建造物、それはこの世界の誰も見たことのない、奇怪な姿であった。天高く聳える継ぎ目のない壁の前に集まった人々は、更にそこで驚くべきものを発見する…それは、人間だった。彼らは『大変動』以降、ずっとこの方舟の中で生き続けていたという。彼らの持つ知識と技術力は大地の人々を遥かに凌駕し、人々が神の試練として受け容れていた天災を覆すことすら侭あることだった。旧世界の文明を知る人間、彼らは“旧人”と呼ばれた。
“旧人”と新世界の人間――ある者は、“旧人”の英知を讃え、求め、彼らと共に生きる事を望み、そこに都市を築いた。ある者は、その知恵を悪魔の声と呼び、排斥を試みた…“旧人”は、人々の持つ信仰、在ると信じる見えざる存在、そういうものを全て「幻想」と、否定した。それでなくとも、“旧人”は迷信的な新世界の人々を見下していた。しかし、そうした本質的な葛藤を余所に、旧世界の文明は急速に新世界に浸透して行った…未発達の社会と発展した科学、その間に、新たな文明が今、生まれようとしている…
そんな中、思わぬものの反撃が始まった。 大地に降りた“旧人”たちは、我が目を疑った。彼らが「幻想」と呼んだもの…神々、怪物、悪魔、そういった者たちが、姿を持ってそこに存在していたからだ。それは、人間の生み出したものではなかったのか?「幻想」は、確かに形を持ってそこに在った。人間の否定的な言葉に、彼らは己を主張し始めた。何故?それすらも、人の心の生んだものなのか。それとも、過去に擱いては否定されて身を隠していただけ、彼らは実在し続けていたのか。或いは、彼らもまた新たな世界の中の、進化の結果なのか…受け入れ難い真実から“旧人”たちは目を背け、再び方舟の中に篭った。
“旧人”は自分たちの住処を“都”、【幻想】と共に生きる世界を“辺境”と呼んだ。“旧人”を支える【科学】、それは【幻想】に対抗し得る力の開発のために進歩し、並行して“旧人”と共に生きる人々も増える…彼らの都市は成長を続け、“都”は大きくなっていく。面積も、権力も。だが、【科学】の進歩と共に、【幻想】も力を増していった…まるで、【科学】に背を向けた人々の畏怖に応えるように。
方舟の浮上より三百年を経た今も、人々の生き場所は【科学】と【幻想】の間にある。
人間は、神話から文明を築き直さねばならなかった。二百年を経て尚、そこには幻想が息衝いており、多くの神々の中でも旧世界の遺物たる宗教は根強く人を支配する。こうして、歴史は遣り直される、それが『大変動』の意味なのだと、誰もが思い、そしてそれすらも忘れられた…それ程の時が過ぎての出来事だった。
例年にない大洪水の後、突如として現れた巨大な建造物、それはこの世界の誰も見たことのない、奇怪な姿であった。天高く聳える継ぎ目のない壁の前に集まった人々は、更にそこで驚くべきものを発見する…それは、人間だった。彼らは『大変動』以降、ずっとこの方舟の中で生き続けていたという。彼らの持つ知識と技術力は大地の人々を遥かに凌駕し、人々が神の試練として受け容れていた天災を覆すことすら侭あることだった。旧世界の文明を知る人間、彼らは“旧人”と呼ばれた。
“旧人”と新世界の人間――ある者は、“旧人”の英知を讃え、求め、彼らと共に生きる事を望み、そこに都市を築いた。ある者は、その知恵を悪魔の声と呼び、排斥を試みた…“旧人”は、人々の持つ信仰、在ると信じる見えざる存在、そういうものを全て「幻想」と、否定した。それでなくとも、“旧人”は迷信的な新世界の人々を見下していた。しかし、そうした本質的な葛藤を余所に、旧世界の文明は急速に新世界に浸透して行った…未発達の社会と発展した科学、その間に、新たな文明が今、生まれようとしている…
そんな中、思わぬものの反撃が始まった。 大地に降りた“旧人”たちは、我が目を疑った。彼らが「幻想」と呼んだもの…神々、怪物、悪魔、そういった者たちが、姿を持ってそこに存在していたからだ。それは、人間の生み出したものではなかったのか?「幻想」は、確かに形を持ってそこに在った。人間の否定的な言葉に、彼らは己を主張し始めた。何故?それすらも、人の心の生んだものなのか。それとも、過去に擱いては否定されて身を隠していただけ、彼らは実在し続けていたのか。或いは、彼らもまた新たな世界の中の、進化の結果なのか…受け入れ難い真実から“旧人”たちは目を背け、再び方舟の中に篭った。
“旧人”は自分たちの住処を“都”、【幻想】と共に生きる世界を“辺境”と呼んだ。“旧人”を支える【科学】、それは【幻想】に対抗し得る力の開発のために進歩し、並行して“旧人”と共に生きる人々も増える…彼らの都市は成長を続け、“都”は大きくなっていく。面積も、権力も。だが、【科学】の進歩と共に、【幻想】も力を増していった…まるで、【科学】に背を向けた人々の畏怖に応えるように。
方舟の浮上より三百年を経た今も、人々の生き場所は【科学】と【幻想】の間にある。
更新日:2023-03-18 14:38:17