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epilogue

「あ〜〜〜無理。これ以上は無理だ。」
癖の有る黒髪の、シアンに良く似た男が、闇しか無い狭間で器用に蹲って居る。
シアンの方が未だ落ち着きが有り、寧ろ大人かも知れないとすら思う。
「イベール…お前だけでも何とかなった筈だ。…恨むぞ。」
「貴方の存在が、彼らを動かしたのです。…その事はお分かりでしょう。」
「あんなハッタリが通用する奴らなど、態々救ってやる必要があるのか?」
胡座をかき…肘をつきながら、疎ましげな視線を送って来る。
盛大に溜息を吐きたい処ではあるが、機嫌を損ねられても困る。
この男は…一応私の兄だ。
しかも、同調率が低めとは言え、狭間と同化した存在だ。
他人が視れば疑わしい事この上無いが、間違い無く…あの日ティファンと共に昇華し得た、我ら一族の王だった。
…シアンが産まれ、この世界にも希望が覗き見得る様になった頃、私は一人狭間で兄を…灰の王を探す様になった。
その事はリュークは勘付いては居た様子だったが、何かを問われた事は無い。
私の方にも、何も伝えられる事などは無かった。
だが…もしかしたら、この世に強く影響を残した灰の王の魂であるならば、狭間と一体に成り得るかも知れないと、一縷の望みを捨てられずに居た。
そしてあれは、シアンが育ち、私達の血の能力を深く学び始めた頃の事だ。
シアンと共に狭間に潜る事になった時…ふと妙な違和感を察知した。
それは違和感と呼ぶには、余りにも些細過ぎるもので、シアンの為に普段よりも注意を払って居なければ、察し得なかったものだった。
その時はシアンを優先していた為に詳しくは探れなかったが、後ほど再び訪れてみると…矢張り妙な気配が其処には在った。
灰の王では無い。
兄でも在りはしない。
しかしながら…どうも何かが引っ掛かる。
細い…非常に脆い糸の様な痕跡を、丁寧に辿って行く。
するとその糸の先で、この男の魂が、狭間に溶けて居たのだった。
「…ハッタリとは?」
「いつものアレだ!…ひょっとしてお前は気付いて居なかったのか?」
「何の事ですか。」
「それらしく喋る事だ!…そうでもせんと、あいつら…親族共は納得せんかっただろう。」
兄が眉を顰め…それはホルの様な仕草ではあるものの、妙に太々しさを感じる。
「それは貴方の言葉だからこそでしょう。」
「違う! だからそれが違うんだ!…私は思い出してなど居なかったんだ!」
「は……貴方が?…過去生の事を?」
「そうだ! 私は何時も灰の王って奴は誰なんだと、ずっと思ってたんだからな。…まぁ今となっては、あれも自分だった事は理解するが。」
随分と兄は憤慨した様子で宣っているが、その事よりも…まさかの事実に少々混乱を覚えて居た。

更新日:2023-05-06 15:50:35

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