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「所持品は傍らに置き、楽な姿勢を心掛けたままで、目を閉じて下さい。」
アスタロトの本を横に置いて、楽な姿勢かぁ〜…と周りを見渡すと、皆んなは胡座をかいたりしていて、その人に取って楽な姿勢をしているようだった。
私は取り敢えずそのままで目を瞑った。
「あなたの中に在るものが、あなたの全てです。…あなたの中に在るものだけを見詰めて下さい。あなたが既に良く知るもの、明らかにあなたでは無いもの…それらより更に底へ潜ります。」
目を閉じて、気持ちを沈めて自分の内側へ溶けていく。
人の内側と狭間の亀裂の中は、近くて違う。
人の内側は生きている世界だからだ。
何も見えない、暗くてあったかい所には流れが在り、それは時間の存在しない狭間には無いものだった。
前にお母さんと会って、私がやり直しを選んだ白くて明るい場所と似ているけれど、あれは全てが始まる所で集まる所。
そしてここは静かにゆっくりと巡る、流れの中だった。
今の私は、在って、同時に全てが無い様なものだ。
狭間と…世界の全てと溶けて、一つになっているからだ。
全てが世界と同一で、単に私と言えるものは何も無い世界の中で…それでもひとつだけ『在る』と言えるものがある。
それは、ホルだ。
世界と同じようにあったかくて、私と同じだけれど、ホルは私の中に存在する唯一のものだ。
私達は、二人で一つ。
あちらの世界の様に形が定まっていない私達は、お互いが自分自身の様なものだ。
私の中に在るホルは、私はホルの光なのだと伝えて来る。
私の中にホルが居て、同時にホルの中には私が居る。
それが私の世界の形だった。
…ふと、意識が暗くてあったかい世界から遠のく。
目を開くと、目の前には学園長がいた。
「引き戻しを行いました。」
「何か…危険でしたかっ?」
直ぐには学園長は答えず、少しの間沈黙が続いた。
「…それは違います。」
学園長が呟く様に言った。
何の事を言っているのか分からなくて黙っていると、再び沈黙が訪れた。
「あなたは…彼だけの光では無い。」
「ホルの事で…」
自分に関わる事を言ってはいけないんだと思い出し、辺りを見渡したけれど、皆んなは黙って目を閉じているだけだった。
「でもホルは、私の…」
「貴方は皆の光で有るべきです。」
学園長がいつもより厳しい口調で、私の言葉を遮るかの様に言った。
「貴方は…貴方こそが、世界全ての光であらねばならないのです。」
とても強い眼差しを、学園長が私に向けている。
「貴方は皆の光だ。…そこに彼は必要無い。」
ホルが要らないと言われて、心が掴まれた様に苦しくなった。
でも、どう言葉を返して良いのか分からない。
ホルは私の大切な人なんだと言いたいのに、学園長の前では、それよりももっと世界の為に必要な事があるかの様な気持ちにさせられた。
苦しくて…泣きそうになっていると、突然アスタロトの本が輝いた。

更新日:2023-04-29 22:50:22

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