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新入調べ―2

千咲は佑佳子の斜向かいの席に友梨菜を座らせ,正面に自分が着席する。化粧をしていない同性の顔は刑務官の自分にとっては見慣れたものである。おそらく自由に化粧をできる立場同士であれば確実に勝てないと思われる容貌、しかし今の千咲はしっかりとメイクをしつけまつげで瞳を大きくしている。自分より長身の受刑者に対しては、特に姿勢を気をつけなければいけない。背筋をしっかり伸ばした姿勢で、友梨菜の生い立ちから受刑の原因となった事故のこと、これまでの生活などを具に尋ねていく。既に受け取った資料で分かることについても再度確認するようにと事前に佑佳子から指示があったこともあり質問の項目は数多い。その一つ一つに友梨菜は時にははっきりと、また時には声を詰まらせながら話す。
「住所は」
「●●市××町△△マンション◆号室です」
「そこに家族と住んでいるのね、ここから出たらそこに帰るの」
「はい」
刑務官になって独立するまで実家の狭い団地で生活してきた千咲にとってはおそらくそこそこの価格がする分譲マンションであろう住所は少し羨ましくもある。多くの入所者は住所がそもそもないか公営住宅、〇〇荘というような安いアパートと思われるところが多く、こうした家に家族が待っている受刑者は珍しいと感じる。
「休学して出所後に復学するつもりってことだけどどこの大学なの」
「A女子大学です」
「高校卒業から1年空いてるのは浪人したってこと」
「はい」
千咲は家の経済的事情で浪人はできず、A女子大学を第一志望としていたが合格できず、B女子大学に入学した。偏差値の差だけでなく世間でのイメージもよいA女子大学の学生には正直コンプレックスがあるのも事実である。
「なんで事故を起こしちゃったの」
「はい、運転免許を取って家の車を運転するようになったのですが、そのときはゲームで遊びながら運転していて、赤信号を見落としてしまいました」
「被害者の遺族の方のことはどう思っているの」
この質問の後、友梨菜の瞳から涙の粒が流れ出し、聞き取りにくい声をようやく出すという感じで「絶対に許さないと言われていますけど、できれば許してほしい」ここまで答えて言葉が続かなくなり、友梨菜は動かせる両手で瞳を覆った。
これまで多く接してきた入所者や受刑者同様、友梨菜も被害者やその遺族を思う気持ちより、自分が可哀想という気持ちが強いようだ。これからの受刑生活できちんと自分の罪と向き合ってほしい、ただそれをうまくやれる自信はない。もともと刑務官もそこまで本意ではなくようやく合格できた公務員試験の結果、正直日々やるべきことをこなすまでが能力の限度のように思えるてしまうが、そのような素振りを受刑者の前ですることは許されない。先輩の佑佳子は表情をさほど変えず聞き取った内容を手元のパソコンに入力している。そして最後に「あなたの刑期は●年4月15日までの2年間、でもきちんとここの規則を守って。事故と向き合い被害者の方の冥福を祈っていればもっと早く仮釈放で自由になれるから頑張るように」と声をかけ、友梨菜の身体を椅子に縛っていた縄を慣れない手つきで巻き直し、黒い手錠を施して友梨菜の生活空間である房へと定められた複雑な経路を辿り、靴音を響かせていった。

更新日:2023-03-23 20:24:26

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