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新入調べ―1

朝の点検の時間、少し重い黒い革靴の音を響かせ千咲は廊下を歩いていく。
広い拘置所の中でも女性の被収容者が入る女区は全体の3割程度の広さに過ぎない。その多くは未決被収容者用の房であり、既決受刑者用の単独房は20室程度である。多くは実刑判決の確定後未決用の房から移され、刑務所への移送を待つ受刑者であるが、少数ながら拘置所で刑務官の仕事の補助を懲役とて行う当所執行の受刑者がいる。いずれにせよ私物の所持が厳しく制限される既決用の房はシンプルな造りであり、廊下からでもそれぞれの房の中の様子はよく見えるようになっている。1つ、1つの房に立ち止まり、扉を開け、番号と声をかけて点呼していく。長く自由を奪われた生活の窶れから声が小さい受刑者が多い。そして昨日、自身が初めて手錠をかけた受刑者である友梨菜の房の扉を開ける、「番号」と声をかけると、胡坐の姿勢で座った友梨菜が擦れるような声で「42番」と返す。そして千咲は「おはよう」と声いう声が出かかったところで、友梨菜の姿勢に気づき「点呼のときは正座しなさい」と千咲が命じると、友梨菜は「はい、申し訳ありません」と小さい声で返す。被告人のときからここに収容されている既決の受刑者と違いここにやって来たばかりの友梨菜はこうしたやり取りに慣れていない。
通常は新入調べを拘置所にやってきた日に行うが警察の留置場からやってくる入所者と違い直入といわれる判決確定後に塀の外から直接収監され、即座に既決の受刑者となる例は珍しく昨日はその時間がなかったため、今日行われることになっている。千咲にとっては新入調べでの尋問自体もまた初めての経験、点呼を終えた友梨菜にそのことを告げ、黒い手錠をかけ腰縄を巻き付けて房から連れ出した。

点検の時間、友梨菜という自分の名前を奪われ番号で管理され正座した姿勢で刑務官を見上げなければいけない、そしてこれから始まるという新入調べ、その場所に移動する際も両手に冷たい手錠が食い込み、体に巻き付けられた縄とともに自由に歩くことを絶対に許さないぞということを感じ取れる。長身の友梨菜は靴のサイズも大きいがここにはそのような履物はない。素足で踵がはみ出すゴムサンダルを履き、長く暗い廊下を歩いていく。これから自分が閉じ込められている3帖の房から出ることができるときは常にこの手錠と腰縄がつけられるのかと思うとまだ瞳が濡れ初め、私が何をしたというか、一度の事故だけでなぜこのような目に遭わされなければいけないのかという気持ちになる。昨日の収監までは、友梨菜は活発だけど優しい女の子だから、事故のことだけで友梨菜の良さを失わないでと励ましてくれる家族や友人がいたが、これからはそうした周囲の温かさを感じることはない。自分の後ろから靴音を響かせる刑務官の千咲は自分のことを人の命を奪った極悪人と思っているのか。その千咲が圧倒的に強い立場という環境での2年間というあまりの長さ。

飾り気のない20帖の程度の広さの部屋に長机と正対するように置かれた4脚の椅子、最も上座側に当たる席で佑佳子は後輩の千咲がやってくるのを待ちながら、検察庁から送られてきた友梨菜の書類に目を通していた。とはいえ、直接収監の受刑者の場合は書面の情報は限られる、管理上注意すべきことや、受刑者のこれまでの生活環境などはこれからの新入調べで尋ねることが通常の入所者以上に重要になる。もちろん千咲にとっても初めての経験、うまくやれるだろうかなといおう心配もある。ほどなくして腰縄に繋がれた長袖ジャージとショートパンツの受刑服に身を包んだ友梨菜、そしてわずかな緊張の表情を浮かばせた千咲の見慣れた顔がこの部屋に入ってきた。

更新日:2023-03-16 09:08:26

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