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朝暾-1

6帖の部屋いっぱいに朝日が射し込み、スマートフォンを手にしたまま眠りに落ちていた千咲は目覚まし時計より早く一日の始まりを知る。拘置所に隣接する官舎の5階、一番南側に建つ棟なので前に遮るものはなく低い建物の広がる街並みの向こうには青い山並みが連なる。春にしては珍しく空気が澄んでいるのだろう。家族5人で生活していあt千咲の実家の団地とほぼ同じ広さがある2DKのスペースを一人で独占する恵まれた環境、それでいて只同然の家賃、世間では公務員の厚遇が問題になることは千咲にも何となく理解できる。もちろん女性用の単身者向け官舎は少なく新しくて設備が整っている為にそちらを希望する先輩の刑務官が多い。結果として新人の千咲は築50年、エレベーターのなしこの官舎に住んでいるのであるが。ここでの生活を始めて1年、実家で自分の部屋がなかった千咲は未だ広さに十分慣れなることができない。父親が自分の一番高いときと同じと驚かれた給料のほとんどは自由に使えるせいか、衝動買いしてしまった物は多いもののまだまだ1人で暮らす広さ余裕がある、数か月前に先着20人限定特別価格の字に釣られて購入ボタンをクリックし、この家にやってきた高価な羽毛布団が今の千咲の夜のパートナー、布団から体を起き上がらせ、まだ慌てなくてよい時間と確認してゆっくり出勤の支度を始める。昨日、今日と珍しく日勤の連続、明日は休日なので今日はアフター5をゆっくり楽しめるかと思うと気分が少し明るくなる。布団は畳むことなく衣装ケースから下着を手にする。男性経験がなく高価なものに興味がない千咲は少し高くて着心地がよい無地の綿製のものがやはり着心地がよい。もちろん仕事の際は制服を着るのであるが、その分下着には金をかける刑務官は多いが、千咲は万単位の単価のものはさすがに買う気になれない。そして厚手の靴下を履き、青い制服に身を包み、初任給で買った大型の化粧台に座って引き出しの化粧品を今日はどれを使うか少し迷いながらゆっくりと化粧を整え、ロングの髪を垂らすことは危険防止のために禁止されているので、どのワックスを使うかまた少し迷いつつ頭の上で団子型にまとめると身支度は完了である。官舎の階段を下りて行けば職場までは5分足らず、出勤するとまずは日課の点呼があり今日の持ち場の確認、昨日初めて手錠をかけた42番こと友梨菜の房を点検することが最初の仕事である。初めて本格的に担当する入所者、自信はもてないが、新人研修から何度も聞かされた刑務官の使命、受刑者が罪と向き合い、その中で更生を促していくと言葉を胸に刻み拘置所の廊下に靴音を響かせていった。

更新日:2023-03-30 02:38:52

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