- 4 / 24 ページ
序章⁻2
長袖のジャージと太腿が半分隠れるくらいの丈のショートパンツの受刑服に身を包み、素足で茶色のゴムサンダルを履いた姿の友梨菜、その両手には黒い輪が掛けられ輪とつながった縄は腰に強く巻き付けられている、不自由な状態で、足元から冷たい空気を感じながら薄暗い拘置所の廊下をゆっくりと歩いていく。拘置所の中はこんなに広いのか、先ほど車で入った門からここがどのくらい離れているか分からない、ただ確実に言えることはこれまでの自由な生活がここにはないということだけである。どのくらいの距離を歩かされたか、ようやく止まるよう千咲が指示し、目の前の房の扉を開いた。目の前には目の細かい鉄格子に覆われた窓とその前に置かれた小型の洋式便器、その脇には座卓や洗面台と小さな鏡、上の方には物置用の棚がある広さは3畳ほどか、ここがこれから自分が生活する場所。ゴムサンダルを脱ぐと手錠と腰縄を解かれようやく自由に動ける状態に、サンダルを扉の前に揃えるよう言われ、千咲が注意事項を一通り説明した後、扉が閉じられる。もちろん内側にドアノブはなく、この房から自由に出ることはできない。後ろには鉄格子に覆われた窓、その向こうに見えるのは赤茶色の高い塀、上の方を見上げると塀と有刺鉄線に切り取られた青い空が覗きその上を黒い鳥影が動いているように見える。先ほどの新入調でほとんどの私物は持ち込み不可とされたが、拘置所の倉庫に預ける領置、自宅に返送する宅下げ、そして廃棄のどれにするか、作成されたリストから選択しその1つ1つに拇印を捺させられた。わずかに数冊の書籍やハンドタオルなどはここに持ち込むことができた。私物を置ける小さな棚の大きさからすればここに置けるのは最小限のものだけだろう。傍らには箒と雑巾があり、当然のことながらこれからは自分で房の中を掃除する、実家マンションではほぼ親任せであり、足の踏み場がない散らかった部屋で生活してきたが、これからは目の前の便器も自分で拭く、その便器があるせいかどうしてもトイレ特有の臭いはこの房に入ったときから鼻につくが、丁寧に掃除すれば少しでも抑えることはできだろうか、もちろん消臭剤などというものはここにはないし、私物に入っていた衣服用のものは領置も宅下げも不可ということで廃棄に同意させられている。何よりむき出しの便器を使用するということ自体も初めての体験であるが生きている以上これを使用せざるを得ない。床の畳はビニールでできているようで、入口とトイレや洗面台のある奥の部分は木の板のようである。木の部分は裸足で立つとやはり冷たさを感じる。とはいえ友梨菜はもともと薄着好きであり春の今頃で半袖、真冬でも短いスカートで足をストッキングで覆わずに大学に行くことが多かった。3か月前に実刑判決を受け入れると決めてから冬の間も薄着に加え素足で靴を履く、部屋で暖房を使わないなど受刑生活に体を慣らそうとしてきた。さすがにマンションの通路に面した部屋で窓を全開にし、通路から部屋の中が丸見えで北風が吹きこむ状態にしていたときは親が刑務所だって吹きさらしの部屋ではないからと心配されたが。この房は雨風は入らないが廊下を歩く刑務官から中が丸見えであることは間違いない。この環境での2年間、やはり頑張れると家族や友人には言って、返ってきた言葉は友梨菜は強い女の子だから自分を失わないでであった。そしてここに送り出してもらったがやはり目の前の環境を前に自信をもつことはできず、収監後初めて出された麦飯とぬるい味噌汁、衣ばかりのフライのようなものの夕食にほとんど手をつけることはなかった。
更新日:2023-03-30 02:38:05